草むらで座るヒグマ写真はイメージです Photo:PIXTA

クマと至近距離で遭遇したとき、大声で威嚇する、刃物で反撃する、クマ撃退スプレーを使う――こうした対処は、どこまで有効なのか。実際の生還例をひもとくと、反撃が功を奏したケースがある一方、むやみに戦うことで大きなけがにつながる危険もある。クマの攻撃にはどのように対処すべきなのか。専門家が、戦うべき場面と、戦わないほうがよい場面を解説する。※本稿は、動物生態学者の山崎晃司氏の編著『クマに出遭ってしまったら?』(PHP研究所)の一部を抜粋・編集したものです。

大声でツキノワグマを
追い払えるとは限らない

 クマと出遭ったときの対応をまとめた北米の一部地域でのガイドラインでは、ヒグマの場合は刺激しないことをすすめる一方で、アメリカクロクマと出遭ったときには相手を威嚇するべきとしています。アメリカクロクマは比較的温和な性質であることが知られているため、このような対応が推奨されているのかもしれません。

 ツキノワグマはアメリカクロクマに近い種類ですが、体格が小さなこともあり、人への緊張や不安が高い状態にあります。ナーバスなツキノワグマに対して威嚇が成功するかどうかは時と場合によることで、簡単には推奨できそうにありません。

 アメリカクロクマの研究では、冬眠中の穴に研究者が潜り込んで手に持った注射筒で麻酔薬を打つことが可能で、この方法で攻撃を受けた研究者はこれまでいないといいます。しかし、冬眠中のツキノワグマに麻酔薬を打とうとしても、ツキノワグマは目を覚まして動き出してしまいます。近い種であっても、同じ方法が通用するとは限りません。大声を出すなどして威嚇することで追い払えるという確かな保証もないので、威嚇での追い払いについてはそれぞれの自己責任での対応となるでしょう。

 実際の事例としては、群馬県の険しい岩場が続く山道を通行していた登山者が子連れのメスのツキノワグマに襲われた際、大声で威嚇すると同時に足蹴りや平手打ちをして追い返した例があります。また、東北でキノコ採りの最中にやはり子連れの母グマに襲われた人は、大声を出しながら手に持っていた杖で反撃し、軽傷を負いながらも最終的にはクマを撃退しました。どちらも動画サイトでそのときのようすが紹介されています。

 長年にわたってツキノワグマを研究してきた立場からすると、少なくとも大きなオスの成獣に対して、威嚇による追い払いをすることはおすすめできません。

短いナイフでの反撃は
「かなり運がよかった」

 ヒグマと出遭ったときには、鉈などの刃物で積極的に抵抗すべきという提案をされている北海道の研究者がいました。

 実際にあった事例では、道南の大千軒岳で大学生が死亡した現場の近くを偶然通りかかった3人の消防隊員のうちの1人は、攻撃してくるヒグマに短い刃渡りのナイフで応戦しています。ナイフの刃先はヒグマののど元に深く突き刺さり、後日、このヒグマが逃走後に近くで死亡していたことが確認されました。

 このヒグマは、自分の獲物だと認識した大学生の遺体を守るために攻撃を仕掛けたというより、はじめから消防隊員たちを捕食する目的で近づいた可能性が高かったため、徹底抗戦の武器として、ナイフが役に立ったと考えられます。ただし、これはかなり運がよかった例です。