仕事も、家のことも、できて当然。できていなければ、努力が足りない。誰が決めたわけでもないその基準は、いつのまにか女性の側にばかり重く積み上がっている。降ろすには、何をどこまで手放していいのか。
ADHDの当事者であるなちゅ。さんの新刊『生きづらい女の子が覚えておきたいこと』(ダイヤモンド社)と、その医療監修を担当した児童精神科医の本田秀夫氏による対談。今回は、女性特有の生きづらさから解放されるための視点を語り合う。(構成/藤田美菜子、ダイヤモンド社書籍編集局)

働く女性が増えて、かえって女性は大変になった
――タイトルにもある通り、今回のなちゅ。さんの本は「女の子」に向けられています。いまの時代にある、女性特有の「生きづらさ」とは何でしょうか。
本田秀夫(以下、本田) 僕が感じているのは、共働きが一般的になって、日本では女性がますます大変になっているということです。
日本では、この40年ほどで共働きの割合が大幅に増えた反面で、子どものいる世帯の所得があまり増えていません。共働きしなくても家族が生活できていた時代から、夫婦が共働きしないと家計を維持するのが難しい時代になっている。でも、家事の比重は依然として女性に偏っている家庭が多い。
それだけ負担が増えているにもかかわらず、女性は「できて当然」と思われやすいんです。家のこともできて当然、仕事もできて当然。できていない場合には「努力が足りない」と言われてしまう。
結果として、発達障害の特性のある女性は、より風当たりの強い状況に置かれていると言えるでしょう。近年、大人になってからADHDと診断される女性が増えていることの要因のひとつは、そこにあるかもしれません。
なちゅ。 うちの父の妹、つまり私の叔母は、ASD特性がとても強い人だったんです。当時一般的だったお見合い結婚をして、専業主婦になって、母親になって、夫の両親と同居して、いわゆる「The 主婦」の人生を歩んだ。でも、やっぱりうまくいかなくて、適応障害になって入退院を繰り返していました。
だから、その時代にも、環境が変わると無理になる人はいたと思うんです。当時は「ダメな妻だった、ダメな母だった」に全部集約されてしまって、表に出てくる話が少なかっただけで、同じようなケースは山ほどあったはずです。
やはり、本田先生もおっしゃったように、女性が担って当たり前とされている部分が大きすぎる。最近は、育児に関しては男性が出てくる場面も増えていて、そういう意味では形は変わってきているなと思う反面、求められるものの総量が増えていると感じます。
自分が一番「しんどくない」方法を選ぶ
――その「増えた総量」に、どう対処すればいいのでしょうか?
なちゅ。 何かをスパンと諦めるとか、やめるとか、そういう判断が必要ですよね。すべては「目的はなんやねん」というところに行き着くと思うんです。目指すゴールは「幸せに生きよう」ですよね。だったら、そのために最適な手段は何なのかと。
うちの場合は、夫婦ともに仕事にがっつり行きたい、ということになりました。そこで「どっちが家事をやるか」ではなく、「じゃあ、二人とも家事をやめましょう」という方向で考えたんです。外注なども検討しつつ、最終的には、掃除ロボットなどの道具を使うということで落ち着きました。
――やる、やらないを決めるにあたって、何を最優先事項にしていますか?
なちゅ。 私にとっての最重要事項は子どもです。ただ、子どもを幸せにしようと思ったら、まず自分が健やかである必要がある。夫婦2人が安定しているほうが、幸せな環境を用意しやすい。なので、一番の重要項目が何になるかと言われたら「私」です。私が一番大事。だから、私が一番しんどくない方法を選びます。
本田 まったくその通りだと思います。あと、「誰かのために何かをやる」という発想を捨てることも重要です。近年の日本文化の歪みだと思うんですが、みんな何かをやるときに「誰かのために」と考えすぎています。たとえば高校野球などのインタビューで選手が「地元の皆さんに笑顔を届けたい」「感動を与えたい」と言う。自分が好きでやりたくてやっているのだから、それでいいじゃないかと思います。支えてくれる人に感謝するのはいいことですが、「その人たちのために頑張る」を目的にするのはおかしいと思います。親孝行も同じです。「親のために頑張る」というのはおかしいです。
他人に危害を加えないのであれば、自分のやりたいことだけやればいい。それぞれが自分のことを考えて、利害が対立するところだけ話し合って調整する。それで十分だと思うんですけどね。
最終防衛ラインは「マクドナルドのデリバリー」
なちゅ。 「完璧を目指さない」というのも、すごく大事なポイントだと思っていて。
よくあるのが、仕事をしていて話が乗って、「ちょっとこの後も打ち合わせしません?」とか、突発的に夜まで仕事を延長したいとき。家庭があると迷うところですが、子どもがある程度大きければ、別にそうしたっていいわけです。
ただ、家族全員が「今夜のごはんはお母さんが用意する」と思っているので、そこはLINEで送ります。「お母さんは今日は帰れなくなったので、皆さんで強く生きてください(自分たちでなんとかしてねの意味)」と。そこで、用意できなくてごめんね、とはあまり思わないですね。
下の子が「今日は私が作ろうかな」と言えば、お願いするし、誰も作りたがらなかったら、作らなくても食べられる状態を目指す。最終防衛ラインはマクドナルドのデリバリーです。むしろ「やったー!」と喜ばれます(笑)。
本田 そもそも「外圧」がなければ、人はそんなに完璧を目指さないと思うんですよ。「何でもちゃんとやらなければいけない」と思ってしまう人は、そうしないとダメだという価値観を、どこかで誰かから植え付けられているんです。家庭の影響は、やはり大きいですね。親が完璧主義だと、子どもは押し付けられやすい。ちなみに、ASDの子は放っておくと完璧主義になりやすい特性があるのですが、親がちょっとルーズで「まあいいか」と言えるような家庭だと、「適度なしっかり者」に育ったりします。
もちろん、完璧を目指さなければいけない場面も、たまにはあります。でも、いつもではない。絶対にちゃんとやる場面と、手を抜いていい場面を見極める。そこを間違えないようにしたいですね。
なちゅ。 完璧圧力は、日本社会全体にかかっている呪いだと思います。私がこの本でやりたかったのは、その呪いを一個ずつ外していくことです。「家庭料理の常識は、すべて呪いである」とか、「みんな、それほど時間を守っていない」とか、そういう身も蓋もない話を並べているのは、そのためです。
この本を読んでも、立派な人にはなれないけど、ラクにはなれる。もし今しんどい人がいるなら、全部マネしなくていいので、少しでも「完璧」から外れるヒントを見つけてもらえたら嬉しいです。
なちゅ。
1980年生まれのワーキングマザー。発達障害(ADHD:注意欠如多動症)当事者。中学生と高校生の娘、そして夫も発達障害の特性を強く持つ。長女の発達障害診断をきっかけに、発達障害やそれに関連する分野の独学を開始。以来15年以上、自らの発達障害や子育てについてXを中心に情報発信を行う。仕事でも、障害福祉分野でマネジメント担当をしながら、個人事業主として講師業やスタートアップのサポートに従事。なかでも、自身の経験を活かした発達障害の親子のケアに力を入れている。
[医療監修]
本田秀夫(ほんだ・ひでお)
医師・信州大学医学部教授
1988年東京大学医学部卒。医学博士。専門は発達精神医学。信州大学医学部子どものこころの発達医学教室 教授。信州大学医学部附属病院子どものこころ診療部 部長。長野県発達障がい情報・支援センター「といろ」センター長。









