こうして見ると、忖度はしないほうがよいように思えます。ところが、事はそれほど単純ではないのです。
あなたは、グループ作業がうまくいかなかったとき「自分の責任ではない」と思いながらも謝ってしまったことはありませんか(注2)。
「自分が謝ればこの場は切り抜けられる」とか、「誰もがハッピーになれる」と信じられれば、人間は謝るものなのです。これはある種の忖度ですが、人間関係を良好にするひとつの方策として、広く行われています。
忖度は、2017年の「ユーキャン新語・流行語大賞」で年間大賞に選ばれた言葉でもあります。
流行語大賞受賞と前後する期間に、公務員の忖度問題が注目される場面が増えました。
しかし、考えてみると、職場では、「指示待ち社員ではいけない」「自分で進んで仕事を見つける賢い社員になってほしい」などと言われます。
『科学が解明した 悩んでもしょうがないことリスト』(石川幹人、サンマーク出版)
これらは「忖度せよ」と言っているに等しいのです。
つまり、公務員の忖度問題は「忖度」が問題なのではなく、忖度して「過去の議事録を書き換えてしまう」などの、非倫理的行為がなされたのが問題なのです。
それに、そもそも、議事録のような民主主義の根幹をなすデータが変更可能になっているという「システム上の欠陥」があるとも言えます。
忖度は悪いことのように語られがちですが、忖度することが奨励されているのは間違いないでしょう。やはり、忖度できる人は、コミュニケーション能力が高い優れた人なのです。
ただし、忖度して「悪事に手を染めてはいけない」ということですね。
注2 カッシンらの濡れ衣実験では、一定時間が経過したら故障するPCを「Altキーを押すと故障することがあるので絶対に押さないように」と告げたうえで被験者に操作させました。一定時間経過後「あなたがAltキーを押したので故障した」と被験者を糾弾したところ、その4割が「Altキーは絶対に押してない」と思いながらも謝ったのです。







