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「空気を読んで同僚に合わせる」「上司をよいしょする」「言われる前に相手の意図を察して動く」――そんな自分を、「主体性がない」「ごますりだ」と嫌になることはないだろうか。ところが、こうした行動は単なる弱さや媚びではない。人間が集団で協力して生き残ってきた歴史と深く関係しているという。認知科学者の石川幹人氏が、なぜ人は周囲に合わせ、上司に忖度してしまうのか、その意外な心理を解き明かす。※本稿は、認知科学者の石川幹人『科学が解明した 悩んでもしょうがないことリスト』(サンマーク出版)の一部を抜粋・編集したものです。
「声の大きい人」に
従うのは集団を守るため
職場でプロジェクトの今後の方針を議論していると、どうも「声の大きい人」の意見が通ってしまう。異論もなくはないけれど「あの人に戦いを挑んでいる」と思われてもなんだし、自分の意見なんかどうせ採用されないし、今ここであえて言う必要はないからと、黙ってしまいます。
時には、「同僚の意見に流されている自分」が嫌になり、「自分は職場の一員にふさわしくない」と思ってしまうことも。……いえいえ、そういった行動も「職場のためを思って」のことなんです。
声の大きい人に従うのも、あえて議論を控えるのも、狩猟採集時代に起因した行動です。その頃の小集団は、団結力がものを言うチームでした。一致団結して作業にあたるからこそ、マンモスを狩るなどの大きな作業が達成できました。議論が対立して協力態勢にひびが入れば、集団の力を失ってしまいます。
つまり、先の職場の議論の目的は、一見「プロジェクトの今後の検討」に見えますが、もうひとつの隠れた目的「協力関係の維持」があるのです。
そのため私たちは、「プロジェクトの今後」がそれほど悲惨でない限りは、同僚の意見に同調して、波風を立てないようにします。「対立しないことこそが職場を守ることになる」と無意識に判断しているのです。
本音を言いあうためには
対立しても壊れない関係が要る
では、「プロジェクトの今後」を本心から議論するにはどうしたらよいのでしょうか。それには、議論してたとえ対立しても「協力関係は崩れない」という状況を事前に作ることです。
その状況を目指す日本企業は、伝統的にレクリエーションを通して、社員の密な関係を形成してきました。職場対抗運動会、社員の慰安旅行、忘年会や歓送迎会などの名目の大宴会です。あたかも狩猟採集時代の協力集団を演出するかのような方法です。
仮に社員がその社風を受け入れれば、協力関係の崩壊を怖れることなく意見が言える状況になります。ところが現代では、このような密な関係の弊害のほうが目立ち、社員が受け入れなくなってきているのです。
それとは別に、意見が言える状況にする仕組みがあります。リーダーを決めておき、メンバーの議論の結果からリーダーが最終決定をする方法です(注1)。決定責任はリーダーにあり、意見を出したメンバーの責任は問われません。ただし、失敗したリーダーは、責任をとって即座に退任するのです。







