講義中、教壇に立つ男性を見つめる女性と受講「家では明るいのに職場では無口」って変?→認知科学者の答えに「そりゃそうだ」と納得者たち写真はイメージです Photo:PIXTA

「家では明るいのに、職場では無口」「仲間内では話せるのに、人前では緊張する」――そんな“自分の揺らぎ”に戸惑ったことはないだろうか。実はそれは、意志の弱さや性格の問題ではない。見知らぬ人の視線を警戒し、集団の中で役割を守ろうとする、人間の脳に刻まれた習性が関係しているという。明治大学で認知科学を研究する石川幹人氏が、人前で緊張する理由と、場面によって「自分」が変わる仕組みを生物学と進化の歴史から解き明かす。※本稿は、認知科学者の石川幹人『科学が解明した 悩んでもしょうがないことリスト』(サンマーク出版)の一部を抜粋・編集したものです。

脳は見知らぬ人の視線を
「敵の脅威」とみなす

「人前で話したくない」と思うのには、生物学上の原因があります。オオカミなどの「捕食者がいるかもしれない」と感じてしまうからなのです。

 私は、大学で100人以上が入る大教室で「認知科学」や「生物学」などを講じています。その授業中に学生に向かって「質問はないかな?」と聞いても、誰も手を挙げません。「しょうがないなぁ」とつぶやきながら、近くにいる学生に「質問は?」と問うと、とても嫌がられます。そうした学生は決まって、次の週、後ろの目立たないところに席替えしています。

 一方、高校に出前授業に行くと全然違います。はじめて会う私に向かって、多くの生徒が次々に質問してきて、私も「手ごたえあるなぁ!」と、つい授業に熱が入ってしまいます。

 ところが、疑問もわきます。なぜ高校ではガンガン質問していた生徒たちが大学に行くと黙ってしまうのか、です。この疑問に答えを出すのが、生物学という科学です。言ってみれば、高校の教室はシカたちの和気あいあいとした集まり、大学の教室はシカたちの背後にオオカミが潜んでいるかもしれない危険な場所なのです。

 私たち人間は、食うか食われるかの過酷な競争を勝ち抜いた霊長類(注1)から進化してきました。もっとも近い類縁動物はチンパンジーやボノボです。

 多くの動物は一頭では弱い存在です。オオカミのような捕食動物に囲まれてしまったら万事休すです。だから、群れを作ります。誰かがオオカミを見つけ、群れ全体で走り出せば、誰かが犠牲になったとしても、残りは逃げきれます。

 高校の場合、周りにいるのはよく知っている仲間ばかり。それに対して大学の教室では、知らない学生が何人もいます。そんな教室で質問をしたら、見知らぬ人の視線をいっせいに浴びて、オオカミたちににらまれた感じがするのです。

 私たちは、現実にはオオカミは潜んでいないと確信してはいますが、見知らぬ人に攻撃されるという警戒心は、なかなかぬぐえません。私たちは、それくらい警戒心が強いがゆえに生き残ってきた個体の子孫なのです。だから、あなたが人前で話すのが苦手なのは、悩んでもしょうがないのです。

人前で話す苦手意識は
経験を重ねれば和らぐ

 でも、人前で話すのを苦手としない人もいますよね。それは、見知らぬ人への警戒心がそもそも弱い人と、人前で話すのに慣れた人です。

注1 動物分類では「霊長目」というヒトを含む高度なサルの仲間たち。