世の中をあっと言わせる偉業を成し遂げた人は、どんなことを考えていたのか。サラリーマンでありながらサンダンス映画祭で日本映画史上初のグランプリを受賞し、『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』を上梓した長久允氏の思考を辿ります。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

脚本の教室Photo: Adobe Stock

絶対誰にも言いたくない思い出を書く

 どうしても許せないことがある。

 そういう感情は、できれば人に見せたくないものです。

 怒り、恨み、嫉妬、惨めさ、誰かへの強い拒否感。

 そんな気持ちを抱くと、「こんなことを思うのは良くない」と、なかったことにしたくなる人も多いのではないでしょうか。

 しかし、映画監督/脚本家の長久允(ながひさまこと)さんは、物語を作るための「裏ワザ」について、こう語っています。

 絶対誰にも言いたくない思い出を書く

 最もチートな裏技がこちらです。しかし最もハードな裏技とも言えます。
 人には皆、親にも友人にも恋人にも、絶対に誰にも言いたくない思い出があるはず。私もあります。そんなものもちろん、脚本になんかしたくないですよね。知り合いどころか会ったこともない人に知られてしまうわけですから。

 だけど、腹を括ってみましょう。そこを、切り売りしてみましょう。
 それはきっとあなたにとって大事な、もしくは醜悪な事件だったと言えるでしょう。それはつまり、強い物語であるということでもあるのです。
 また、あなたが人に言えない感情は、きっと同じ経験をした世界のどこかにいる誰かも同じ気持ちかもしれません。もしその人が観たら、強く深く共鳴してくれるでしょう。


――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』p150-151より

 言いたくないことをわざわざ書くなんて、難しいことです。

 けれど長久さんは、そこに「強い物語」があると言います。

 たしかに、前向きできれいな物語だけが、心に残るわけではありません。

 人の心に刺さる物語には、もっと複雑で切実で、扱いにくい感情が入っていることもあります。

SNSに書けない感情は「金脈」

 長久さんは、こうも語っています。

 皆さんきっとSNSをやっていますよね。たとえば何かを投稿しようとしたときに、書いた文章を自分で推敲することがあるのではないでしょうか。これを言ったら不謹慎で炎上してしまうかもしれないな、とか、これは余計な心配をされすぎちゃうかもしれないな、とか。
 そういう感情こそ、映画は受け止めてくれるのではないかと思うのです。つまり、SNSに書けない感情は金脈。そう思うのです。金脈というのは強い言葉すぎるかもしれないけれど。
(中略)


 そしてここからが大事なことなのですが、もしあなたがSNSに書けないことを「思った」とします。それが不謹慎で、誰かに言いづらい気持ちだったとしても、「思った」という事実は確かなことだと思うのです。映画はあなたのその「思った事実」を尊重してくれる受け皿だと思うのです。

――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』p151-153より

 SNSではなく、物語だからこそ、できることがある。

 自分の本当の気持ちを消さずに、それを唯一無二の物語にすること。

 それを実現するために、長久さんは背中を押してくれます。