人生の終盤や死に直面したとき、人々が最も激しく後悔するのは「もっと働けばよかった」ということでも「もっと失敗を避ければよかった」ということでもない。「本当にやりたいことに挑戦しないまま、人生を終えてしまうこと」だ。なぜ私たちは、最も重要な挑戦を「定年後」や「いつか」へと先延ばしにしてしまうのだろうか。書籍『やりたいことが見つかる 世界の果てのカフェ』をもとに、土壇場で激しい後悔を生まないための死生観を紐解く。(構成/ダイヤモンド社・種岡 健)
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「いつか」を後回しにする
日々の多忙に忙殺されていると、私たちは「自分の人生の時間には限りがある」という厳然たる事実から目を背けてしまう。
「今は仕事が忙しいから」
「定年を迎えて時間ができたら」
と言い訳を重ね、自分の存在理由を満たす行動を先延ばしにし続ける生き方は、人生の土壇場で恐ろしい後悔を生み出すことになる。
カフェのオーナーであるマイクは、人間が死に対して抱く本当の恐怖の構造について、次のように本質を突いている。
人々が本当に恐れている「チャンスがなくなる日」
人は単に生物としての死を恐れているのではない。
本当の恐怖の正体について、マイクは静かに語る。
――『世界の果てのカフェ』より
一日、また一日と時が過ぎ去る中で、自分が真にやりたいことをやっていない人は、直感的にチャンスの消滅を察知し、見えない恐怖に怯えることになる。
逆に、日々小さくても自分の存在理由を満たす行動を実践している人は、チャンスをすでに手にしている。
そのため、いつ人生が終わろうとも深い納得感と充足感を抱いていられるのだ。
今すぐ行動を起こさねばならない。
「先延ばしにする」という後悔
人生の土壇場で「もっとやっておけばよかった」と激しく後悔すること・ワースト1。
それは、自分のやりたいことを「いつか」へと先延ばしにし、存在理由を満たさないまま人生の時間を浪費することです。
遠い定年や未来を待つのは今すぐやめましょう。
今日という一日の中に、自分が本当に熱中できる行動を小さく組み込むこと。
その一日一日の積み重ねこそが、最期の瞬間に「最高の人生だった」と胸を張れる唯一の選択なのです。




