一見すると合理的な改革に思えるが、これによって長年組織を支えてきた、水面下の交換関係は急速に消滅していった。それが技能伝承を形式的なものにしてしまい、不幸にして技能継承の断絶が重大な品質問題や事故の遠因になったと指摘されるケースもある。
この変化は、学問の府である大学の世界でも同様だ。かつて文系の学界でも、教授と学生の間には強固な師弟関係が存在した。師匠たる教授は、目をかけた弟子に対し、自らが苦労して蓄積した知識や研究のコツ、さらには学界での立ち居振る舞いといった処世術を余すところなく伝授した。学位の取得や、その後の就職先の世話までを一身に引き受けるのが「師」としての矜持であった。
その代わり、弟子は師匠に対して終生にわたり義理を果たすことが求められた。師匠が学会の要職に就こうとすれば票集めに奔走し、叙勲の資料作成や根回しに汗をかく。それが弟子としての「仁義」だったのだ。
『なぜ「賢い人」が集まってしょうもない意思決定がなされるのか』(太田肇、日本経済新聞出版)
ところが近年、大学改革の荒波の中で、こうした閉ざされた師弟関係は「封建的である」と批判の対象になり、多くの大学で集団指導体制への切り替えが進んだ。制度の民主化によって、表面上は教育の効率が上がったように見える。
しかしその裏側で、教師は形式的な指導に終始するようになり、かつての「秘技」や「門外不出の知恵」をあえて教える動機を失ってしまった。
「教授が学者としての処世術を教えてくれなくなった」という大学院生たちの不満。そして、製造現場で繰り返される「熟練工の技能劣化」と「技能伝承の失敗」。
これらはけっして個人の怠慢ではなく、これまで日本的組織を実質的に維持してきた「非合理的」(と見なされた)社会的交換の仕組みを破壊してしまったことの代償なのかもしれない。







