完璧を求めすぎて仕事を終えられない。やらなければいけないことを先延ばししてしまう。そんなときの対処法を、『おい、とりあえず終わらせろ』の著者、nwiizo(ぬうぃぞう)氏が伝えます。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

おい、とりあえず終わらせろPhoto: Adobe Stock

 新人の頃、新規サービスの提案資料を任されました。

 金曜に「来週の金曜までにお願い」と言われ、張り切って週末にカフェで半日かけて競合調査。

 翌週は月曜に構成を3パターン書き出し、水曜に「やっぱり調査が足りない」と記事を読み込み、木曜にようやく書き始めました。

 そして金曜の朝、手元にあったのは、見出しとデータだけが並んだ3ページのスライドでした。

「進んでいる気がする」が最大の罠

 あの1週間、私は何もしなかったわけではありません。

 競合を調べ、データを貼り、体裁を整えました。手は確かに動いていました。それでも、提案の肝心な中身は空のままでした。

 この状態を、私は「擬似完了感」と呼んでいます。

 記事を読む、フォルダを作る、資料を整える。こうした作業には「努力の感触」があり、体が動くだけで進んでいる気分になれます。

 一方、「何を提案するか」を一文で決める作業には手応えがありません。

 結論を決める瞬間は手が止まるので、止まっている時間のほうが「進んでいない」と感じてしまいます。だから人は、情報収集に逃げたほうが「進んでいる気分」になれるのです。

 これは性格の問題ではなく、仕組みの罠です。

完璧主義者は、先延ばし人間と見分けがつかない

 ここで、残酷な事実をお伝えします。

 高度に発達した先延ばしは、完璧主義と見分けがつきません。

 私はずっと、自分は「完璧主義者」だと思っていました。

 細部にこだわり、妥協を許さない。それが美徳だと信じていたのです。

 でもあるとき気づきました。周囲からは、先延ばしする人に見えているのではないか、と。

 動機がどうであれ、「提出されない」という結果は同じだからです。

 頭の中の100点は、提出されなければ0点です。

「終わり」の定義がズレていた

 転機は、新卒で入った会社のメンター、Sさんの一言でした。

 1週間資料で悩む私に、彼は軽く言ったのです。「60点でいいから出せば?」

 こちらは真剣に悩んでいるのに、と内心で反発しました。

 けれどSさんは、出す、フィードバックを受ける、直す、というサイクルを淡々と回し続けていました。

 あるとき私の資料に、彼が一言くれました。「ここ、結論が先に来た方が読みやすいよ」。

 たったそれだけで、資料の構成は一気に変わりました。

 そのとき気づいたのです。私が守っていたのは質へのこだわりではなく、評価されるのが怖い自分だったのだと。

「終わり」には2種類あります。自分が「もう十分だ」と感じる「自分的完了」と、相手が「これで進められる」と判断する「他者的完了」。

 多くの場合、この2つはズレています。

今日、5分でできること

 まず、「何をもって終わりか」を1行で書いてみてください。

 次に、途中の資料でかまいません。「ここまでで方向性合ってますか?」と、誰かに送ってみてください。

 完璧を目指す前に、終わりの輪郭を決める。

 それだけで、止まっていた手は動き出します。