「日産からサクラの開発者を引き抜いた」は本当か

 ラッコにまつわる気になる噂。それは「中華車のラッコが意外とマトモなのは、日産から軽EVサクラの開発者を引き抜いて造ったからだ」というものだ。

 ガラパゴスとも呼ばれる日本独自の規格であり、長年にわたり日本メーカーが磨き込み、鍛え上げてきた軽自動車。その世界に新進の中国メーカーが突然殴り込んできて、のっけから完成度の高いクルマを造ってしまった。でき過ぎだ。おかしい。裏には軽を知り尽くした日本人技術者がいた。日本の技術を売り飛ばした裏切り者。この売国奴めが――と。

 実に分かりやすいストーリーではないか。

 だがこれは、全くの作り話ではない。実際BYDには、日産で軽自動車の開発に携わった人物がいるという。

フェルディナント・ヤマグチ(以下、F):ネット上では「ラッコの開発責任者は、日産からBYDへ移ったサクラの開発者だ」という書き込みをよく見かけます。だからこれだけ完成度の高い軽を初めから造ることができたのだ、という話になっています。これは本当なんですか。

BYD Auto Japan 代表取締役社長 東福寺厚樹さん(以下、東):田川(博英)さんのことですね。彼は確かに日産にいて、日産と三菱の軽のための合弁会社(NMKV)にもいました。サクラの初期のコンセプトづくりにも携わっていますし、先代ルークスでは主担当をしていたと聞いています。軽自動車の商品企画に非常に詳しい人物であることは間違いありません。

BYD Auto Japan 代表取締役社長 東福寺厚樹さんBYD Auto Japan 代表取締役社長 東福寺厚樹さん Photo by AD Takahashi

F:噂は本当だった……。

東:しかしですね。彼がBYDに入社したのは去年(2025年)の8月のことなんですよ。田川さんが入った時には、既にラッコのハードウエアはほとんどでき上がっていて、試験走行をしていた段階でした。