トイザらスのロゴ東京商工リサーチ撮影

国内最大級のおもちゃ・ベビー用品小売り「トイザらス」を経営する日本トイザらス(株)(川崎市幸区)が10月1日、東京地裁に民事再生法を申請した。負債総額は約132億円だった。同日、総合ディスカウントストア「ドン・キホーテ」(以下、ドンキ)を経営する(株)パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(渋谷区、以下PPIH)グループがスポンサー契約を締結したことを明らかにした。今後、「トイザらス」、「ベビーザらス」はドンキグループとして事業を継続していくことになる。かつて国内玩具業界は、メーカーから小売りまで安定需要に支えられた成熟産業だった。そこに突如、「トイザらス」が玩具業界の黒船として乗り込んできた。だが、少子化に加え、ゲーム市場や流通構造、消費者の行動様式の急激な変化に対応できず、「トイザらス」は8期連続の赤字に沈んだ。ひと足先に2017年、本家の米国トイザらスが経営破たんし、米国内の店舗は全て閉鎖した。日本トイザらスは株主が変わり、生き残りを模索したが、厳しい経営環境を乗り越えることは適わなかった。(東京商工リサーチ情報部 本間浩介)

ブッシュ大統領も視察した日米貿易摩擦の「黒船」

 日本トイザらスは1989年11月、米国トイザらス社と日本マクドナルド社の合弁で生まれた。日本マクドナルド創業者の藤田田氏は、米国では当たり前の風景だった郊外型の大型玩具専門店の展開を目指したという。

 1991年12月に国内1号店の「トイザらス荒川沖店」(茨城県)をオープンし、翌1992年には国内2号店の「トイザらス橿原店」(奈良県)をオープンした。 
 トイザらスの日本進出で語られるのは、当時、大型店舗の出店を規制していた大店法(大規模小売店舗法)の緩和だ。日米貿易摩擦のさなか、米国政府は大店法が外国企業の日本市場への参入を妨げていると批判し、規制緩和と市場開放を政府に迫った。これがトイザらスの日本出店が「黒船」と騒がれた理由でもある。

 橿原店のオープン式典には、ブッシュ米大統領(当時)がテープカットに訪れ、米国スタイルの大手流通業者の出店を強くアピールし、注目を集めた。当時の日米間の貿易摩擦の関係性を示す象徴的なエピソードの一つでもある。