ラピダス指揮官が「最後の夜」に激白、官民分担論の反省・誕生秘話・半導体の反転攻勢策…異例の在任5年にわたる“命がけの苦闘“の内幕を全告白【ロングインタビュー】Photo:Diamond

今年8月、経済産業省の商務情報政策局長として次世代半導体会社、ラピダスのプロジェクトを官の立場で主導してきた野原諭氏が半導体の表舞台から去った。在任期間は異例の5年近くに及び、野原氏はさらなる続投を希望したが、昇進によりプロジェクトから離れた。ダイヤモンド編集部は、局長退任前日の「最後の夜」に野原氏を直撃。野原氏の“行政官人生”をたどりながら、ラピダス誕生秘話や、官民連携への奮闘、日本の半導体産業の反転攻勢策などを語ってもらった。特集『ラピダス』の本稿では、ドキュメンタリー『ラピダス(1)「指揮官 最後の夜」』には収容し切れなかった未公開部分を含め、野原氏のフルインタビューを公開する。(聞き手/ダイヤモンド編集部上級編集委員 阿部欣司、構成/今枝翔太郎)

ラピダス指揮官を「最後の夜」に直撃
5年前に初めて会った小池社長の印象は

――今、2026年8月6日の午後7時です。約5年に及んだ商務情報政策局長の仕事も終わりですね。

 明日の午前中には辞令が出ますので異動します。それまでに局長室を片付けないといけません。

 局長室には長テーブルがあり、お客様との交渉や議論に使っていました。私は率直に話をするタイプなので、(次世代半導体会社の)ラピダスを含む各社に現状を伝え、時には反論も受けながら意見を戦わせていました。

 ラピダスの小池淳義社長は、いつも私の向かいに座っていました。小池さんに初めてお会いしたのは、21年の秋だったと思います。

――ラピダス誕生の1年前ですね。小池社長の第一印象は。

 当時小池さんは、米ウエスタンデジタルの日本法人の社長でした。初対面ということもあり、落ち着いて話をしていました。今のように気合いが入ってエネルギーが満ち溢れているといった印象ではなかったです。

――初めて会った時に半導体の新会社をつくりたいという話は出たのでしょうか。

 最初はそこまでの話ではありませんでした。小池さんと(現ラピダス会長の)東哲郎さんを中心に10人ぐらいのチームで研究しているというような紹介だったと思います。

 21年の12月には、小池さんが調査結果の報告に来ました。日本で最先端の半導体を量産できると思いますという感触の報告でした。大変興味深いプロジェクトだという印象を持ちました。

――その時、その後日本にとって非常に重要な国家プロジェクトになるという手応えをすでに感じていたのでしょうか。

 そう感じたのはもっと後です。興味深いプロジェクトだけど、どう具体化していくのか、政策にどう落とせるのかといったことをよく検討していかなければいけません。次の政策課題の候補になり得る話だなとは思っていましたが。

――野原さんは1991年に東京大学を卒業して当時の通商産業省(現経済産業省)に入省しました。バブルの絶頂から崩壊に向かう時期です。なぜ通産省に入ろうと思ったんですか。

次ページでは、バブル絶頂期に入省した野原氏が、日本経済が沈んでいく中で、“行政官”としての持論の変遷などをたどりながら、ラピダスプロジェクトに結実していった経緯を吐露する。また、ラピダス発足から、東氏や小池氏との協調による異例の官民連携への奔走まで丸5年間の苦闘について、メディア未公開の具体的なエピソードを基にラピダスの誕生秘話の内幕を明らかにしていく。