「兄弟姉妹」の共同声明が示した危うさ
その意味で気がかりなのが、2026年7月の日印首脳会談である。
FTによれば、ニューデリーを訪れた高市早苗首相は、両国を「兄弟姉妹のような関係」に発展させるべきだと述べた。そして共同声明には、来年の限定的な開業を目指すインドの高速鉄道の目標を日本が「十分に理解している」という一文が盛り込まれた。
この表明が契約条件に直接影響するわけではないが、商業上の重要な争点が未解決ななかで、政治的な友好関係が強調されている点には留意が必要だ。日印関係を良好に保つことと、日本企業の正当な利益を守ることは、両立させなければならない。外交上の配慮によって、商業上の必要な交渉が曖昧にならないようにすることが重要だ。
インド側の姿勢を象徴する発言もある。あるインドの上級外交官はFTに対し、両国関係の進展の「速度」は高速鉄道事業の進捗より速いと語った。インド政府は、鉄道事業の対立を日印関係全体に波及させないようにしているものの、政治的な友好と商業上の責任は切り離して考えるべきである。
実際、インド鉄道省の高官は匿名を条件に、両国の足並みは「完全にそろっている」と強調した。日本側が「行き詰まっている」と嘆く交渉を、インド側は「合意に基づく」と説明する。双方で見方が全く違っているのだ。
インドとは「ビジネス」でなく「政治」で付き合え!
では、日本はインドとどう付き合うべきなのか。結論から言えば、経済関係と外交・安全保障上の関係を冷徹に区別すべきだ。
地政学的に見れば、インドは極めて重要である。強硬姿勢を強める中国への対抗軸として、日米豪印の「クアッド」や、インド洋における安全保障協力を維持することは重要だ。
だが、安全保障上の利害が一致することと、商業契約を円滑に履行できることは別問題だ。戦略的関係を強化したいからといって、日本企業が契約上のリスクを過度に引き受けるべきではない。7月の共同声明を評価する際にも、この境界線を見失ってはならない。
日本には、今後の協力条件をめぐり、まだ交渉の余地がある。E10系の導入を含む今後の技術協力や資金支援には、引き続き日印間の協議が必要だ。さらに、インドが構想する巨大な高速鉄道網という将来の案件もある。新たな支援を行うなら、条件を明確にするのは当然だ。
日本企業は「将来の成長市場だから、今は我慢して恩を売ろう」という牧歌的な姿勢を捨てるべきだ。工期遅延に伴う責任分担、仕様変更時の費用負担、国際仲裁による紛争解決に至るまで、契約段階で徹底的にリスクを洗い出し、対策を講じる必要がある。
インドは日本にとって、「重要な国」であり続けるだろう。しかし、国としての戦略的重要性と、個別の事業で信頼関係を築けるかどうかは別の問題だ。この点を私たちは肝に銘じるべきだ。
(評論家、翻訳家、千代田区議会議員 白川 司)







