「もっと頑張れば幸せになれるはず」「幸せは自分の力でつかむもの」「うまくいかないのは努力が足りないからだ」。現代では、幸せは自分で手に入れるものだと考えるのが当たり前になっています。しかし、人類の長い歴史をさかのぼると、「幸せ」はまったく違う意味を持っていました。ウェルビーイング研究の第一人者である前野隆司氏は著書『幸せの人類史 なぜ「幸福」は人類を「不幸」にしたのか』の中で、世界の言語に残る「幸せ」の語源から、幸せの意外な正体について語っています。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

「しあわせ」の語源は「運」だった。幸せな人生をおくる人ほど知っている意外な事実Photo: Adobe Stock

幸せは、自分の力でつかむもの?

目標を立てて、それを達成したときに幸せを感じる。
幸せになるために、仕事も自分磨きも頑張っている。
思いどおりにいかないと、自分を責めてしまう。

こんなことに心当たりはないだろうか。

今の私たちにとって、幸せは自分の努力や工夫で手に入れるものだ。
ところが前野隆司氏によると、かつての人類にとって、幸せはそういうものではなかったという。
その手がかりは、「幸せ」という言葉の語源にある。

世界中で「幸せ」の語源は「運」だった

日本語の「幸せ」の語源は「仕合わせ」、つまり「する+あわせる」。何かをして、何かと巡り合わせることを、いいことも悪いことも「仕合わせ」といったようです。つまり、いい仕合わせ、悪い仕合わせ、という使い方がされていたようです。いいことも悪いことも巡り合わせ。つまり、運に近い概念だったと考えられています。
中国語の「幸福」は、「幸運」と語源が近いといわれています。福という字は、運気の良さという意味を持ちます。
英語の“happy”は、古英語のhapが語源といわれています。hapは「運」という意味です。ドイツ語の幸福は“Glück”ですが、「運」「運命」を意味する語根に由来しています。
つまり、興味深いことに、地域や言語は違っても、これらのいずれの国でも、幸せとは運のいいことだったのです。

――『幸せの人類史 なぜ「幸福」は人類を「不幸」にしたのか』より

日本語の「しあわせ」も、英語の“happy”も、もとをたどれば「運」を意味する言葉だったのだ。

人類が狩猟採集をして暮らしていた時代、人間は天変地異や気候、野生動物の影響を強く受けていた。
明日も無事に生きられるかどうかは、自分の力だけでは決められない。
だからこそ、幸せは運に大きく左右されるものだった。

前野氏は、こうまとめている。

言い換えれば、かつて、幸せは、原因ではなく結果でした。運良くいいことが起きれば、その結果幸せになる。運悪く嫌なことが起きると不幸せになる。だから、それぞれの地域で言語が形成された太古の時代には、運と幸せが強く結びついていたのだと考えられます。
――『幸せの人類史 なぜ「幸福」は人類を「不幸」にしたのか』より

幸せは、巡り合わせの結果として訪れる

つまり、幸せはもともと、自分の力でつかみとるものではなく、巡り合わせの結果として訪れるものだったということだ。

もちろん、今の時代に何もかも運任せにする必要はない。
ただ本書では、幸せを目指しすぎる人ほど、かえって幸福感が低くなるという研究も紹介されている。
幸せを自分で何とかしなければならない目標だと考えるほど、「まだ足りない」という気持ちに追い立てられてしまうのだ。

幸せは、思いどおりにコントロールするものではなく、日々の巡り合わせの中で受け取るもの。
そう考えるだけで、少し肩の力が抜けるのではないだろうか。

今日あったうれしい出来事を、ひとつ思い出してみる。
偶然の出会いや、思いがけない誘いに乗ってみる。
うまくいかなかった日も、そういう巡り合わせだったと受け止める。

そんなちょっとしたことが、幸せを感じる力を取り戻してくれるかもしれない。

「しあわせ」という言葉に込められた昔の人の感覚は、忙しい現代を生きる私たちにこそ、必要なものなのかもしれない。