仕事で成果を上げたい。もっと収入を増やしたい。周囲から認められる人になりたい。私たちは幸せになるために、日々さまざまな努力をしている。しかし、頑張っているはずなのに、なぜか満たされないと感じることはないだろうか。それは人間の脳の仕組みが原因だという。そんな仕組みを『すべて本能のせい』から紹介する。(ダイヤモンド社書籍編集局)
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「幸せになるための努力」が、幸せにつながらないのはなぜ?
仕事で評価されるために、誰よりも頑張る。
周囲から魅力的に見られるために、自分を磨く。
もっと豊かな生活を手に入れるために、努力を重ねる。
どれも、幸せになるための行動のように思える。
しかし、実際に目標を達成しても、思っていたほど満足できないことがある。
昇進したら、今度はさらに上の役職が気になる。
収入が増えたら、自分より稼いでいる人が気になってしまう。
SNSで評価されても、また次の反応を求めてしまう。
なぜ、こうしたことが起こるのだろうか。
その背景には、私たちが「幸せになること」とは別の目的に向かって行動してしまう、生物学的な仕組みが関係しているという。
人間は「幸せになること」よりも「選ばれること」を優先する?
『すべて本能のせい』では下記のように解説されている。
しかし実際の私たちの身体は、「幸せになること」よりも「選ばれること」を重視するような生物的なアルゴリズムの影響を、いまも強く受け続けています。
選ばれるための行動と、自分が幸せになるための選択が、きれいに一致している場合は問題ではありません。
しかし多くの場合、現代においては、この二つは完全には一致しないのです。
むしろ現代のデジタル社会では、その二つの間のズレが、恐ろしいほどのスピードで拡大し続けています。
なぜ現代社会は、これほどテクノロジーが便利になり、物質的に豊かになったにもかかわらず、生きづらさを感じる人が増えているのでしょうか。
その背景には、この構造が少なからず関係しているように思います。
科学技術の発展によって、私たちの生活の利便性は大きく向上しました。
しかしそれと同時に、他人から「選ばれるための競争」が、かつてないほどに可視化され、世界の果てまで拡張されてしまったのです。
「幸せになろうと頑張る人」が見落としがちなこと
ここで重要なのが、「他人から選ばれること」と「自分が幸せになること」は、必ずしも同じではないという点だ。
たとえば、周囲から高く評価される仕事が、自分にとって本当にやりたい仕事とは限らない。
誰もが羨むような暮らしが、自分にとって心地よい暮らしとも限らない。
それでも、他人からどう見られるかを気にしていると、いつの間にか「評価されること」が目標になってしまう。
特に現代では、SNSを開けば、他人の仕事や生活、成功が次々と目に入ってくる。
その結果、自分なりに満足していたはずの生活が、誰かと比べた途端に物足りなく感じられることもある。
もちろん、努力して評価されること自体が悪いわけではない。
問題なのは、「他人から選ばれること」ばかりを追い求め、自分が本当に望んでいることを見失ってしまうことだ。
「本当の幸せ」を見失わないために
私たちは、周囲から認められることに喜びを感じる。
しかし、他人からの評価と、自分自身の幸せは、必ずしも一致しない。
だからこそ、何かを選ぶときには、「これは誰かに認められるためなのか、それとも自分が本当に望んでいることなのか」と考えてみることも大切だ。
もちろん、すべての選択を自分の希望だけで決められるわけではない。
それでも、他人からどう見られるかだけでなく、自分がどう生きたいかという視点を持つことはできる。
幸せになるために頑張っているはずなのに、なぜか満たされない。
そんなときには、自分が追い求めているものが「幸せ」なのか、それとも「他人から選ばれること」なのか、一度考えてみてもいいのかもしれない。



