なぜヨーロッパ人は、命がけで未知の海へ乗り出したのか。その原動力となったのが、「4つのS」だった。アジアの品々を求める熱狂は、新たな航路の開拓を促し、やがて世界の歴史を大きく変えていく。世界がつながっていく過程で、いったい何が起きたのか。『アメリカの中学生が学んでいる 14歳からのアメリカ史』から、その歴史を紐解く。(ダイヤモンド社書籍編集局)
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交流、対立、征服、植民地化
大航海時代には多くの探検がおこなわれた。でも、ヨーロッパ人によるこうした探検は、大西洋を囲むほかの3大陸、つまり北アメリカ、南アメリカ、アフリカに、もともと住んでいた先住民が搾取されるきっかけにもなった。「大航海時代」によって、大西洋を囲む4つの大陸は交流、対立、征服、植民地化を経験することになる。
航海と交易の動機と手段
アメリカの歴史に、交易は関係ないと思う? 実は大いにある。ヨーロッパ人は、12世紀の十字軍の遠征や、13世紀のマルコ=ポーロの旅によって、アジアの品物に魅了された。
このような出来事は、ヨーロッパに4つのS(香辛料spices、絹silk、香料scents、宝石precious stones)をもたらした。交易商人は、ラクダとともに旅をした隊商のルートや、中国と西洋を結ぶ交易網であるシルク=ロードを利用して品物を運んだ。陸路での交易は大変だった。
1453年にオスマン帝国がコンスタンティノープルを陥落させると、こうした重要な交易ルートの利用が難しくなった。ヨーロッパ人は、アジアの品物を手に入れたいという動機にかられ、別のルートを探しはじめた。そして、彼らは海路という手段でアジアまでいくことにした!
航海にかけてリードしていたのは、ポルトガルだった。というのも、主に「航海王子」エンリケのおかげだった。彼は1400年代に航海学校を設立し、アラブの船をお手本にしてカラベル船を開発した。これは、スピードが出て操縦しやすく、向かい風でも進むことのできる帆船で、沿岸部の探検が容易になった。また中国で発明された羅針盤によって、より安全で効率的な航海ができるようになった。
船乗りたちは、北大西洋海流がヨーロッパとカリブ海のあいだを時計回りに移動すること、また、南大西洋海流はアフリカと南アメリカのあいだを反時計回りに移動することを突き止めた。この発見によって、予期せぬ方向に流されずにすむようになった(流されたおかげで新しい土地を発見することもあれば、永遠に行方不明になることもあった)。
ポルトガル人は、この知識をもとに、アフリカ西岸を探検し、黄金海岸と呼ばれる地域などで、アラブやアフリカの商人と金や象牙、奴隷の貿易をおこなった。












