社員にやる気がないのは本人のせいか
それとも、リーダーの怠慢か
紺野 ソニーと言えば、折に触れて思い出すエピソードがあります。例の設立趣意所を書かれた創業者の井深大さんがまだご存命だった頃のことです。
ある日、オフィスに、すでに引退されていた井深さんが訪問された。それで、当時管理職でいらした渡辺英夫さんという、僕が大変お世話になったデザイナーがオフィスを案内することになった。じつは、すでに亡くなられていますが、僕はその渡辺さんから生前、この話をうかがったんです。
話によると、渡辺さんが井深さんをある部屋に案内したら、中年のサラリーマンが机の上に足を乗せて新聞を読んでいた。それを見た渡辺さんが慌てて「すみません!」と井深さんに謝ったら、井深さんが真っ赤な顔をして怒った。「いつもはあんな風じゃないんですが……」と言い訳しようとしたら、井深さんはさらに真っ赤になって、こう言ったらしいんです。
「君ね、そんなこと言うもんじゃない!彼がああなったのは僕らのせいなんだよ」と。井深さんは渡部さんに、いや、結局自分に怒っていた。
私はことあるごとにこの話を思い返し、「あの言葉はどういう意味だったのか」と考えるんですが、私なりに解釈すると、こういうことではなかったか、と思います。
リーダーの役割は社会的に重要な大目的を追求すると同時に、組織で働く一人ひとりが個人の小目的を見失わず、きちんと見える状態にしてあげるということ。
みんなが、新聞を読んで過ごしていて何も感じないというのは、人生の目的が見えていない証拠です。だから、井深さんはそれを感じて、そうなったのは本人のせいではなくリーダーの怠慢だ、と言いたかったんじゃないでしょうか。
井上 僕が思い出す衝撃的な瞬間は、名古屋にある障害者の自立支援施設を訪問させていただいた時のことです。施設でいくつもの事業を起こしている、素晴らしい経営者がいるんですが、その方がおっしゃったひと言が、ものすごく印象的でした。
普通、人を雇用するのって、市場やお客さんのニーズを見て事業をつくり、そのために必要な条件に合う人を探して雇うか、トレーニングをするという順番で考えますよね。だけど、この方は違ったんです。
経営しているカフェの前で障害をもった男の子が水遊びをしているのを見て、「この子は水遊びが好きだから、豆腐屋さん事業をつくってみようかなあ」って言ったんです。これ、ものすごいパラダイムシフトだな、と思って。客観的なロジックの積み上げで考えるのではなくって、でも、確かにイメージできる。
紺野 それはまさしく、アブダクションですよね。現実から分析してこうだと言うのではなく、その子が水を巻いている姿から直観的に掴んでいる。しかし、振り返ってみると、実は大変合理性があったということが後でわかる。
井上 その施設の事業も、それで経営的にまわっているんです。カフェも繁盛していた。だから、考えさせられました。ジョブディスクリプション(職務記述書)に、人を当てはめようとすることがいかに窮屈であるか、を。
紺野 直観的に社員のありたい姿を掴むというのは、経営者にとって本来、とても必要な能力ですよね。日本企業のトップには、そこが大きく欠けている。ごく一部だと思いたいですが、経営者自身があまりにロジックの虜になっていて、現実を直視しようとしないし、働く個人の生きる目的も見ようとしていないと感じることがある。
自分の目の前の仕事にとにかく集中せよ、と。このことが、組織を非常に窮屈なものにしているし、組織の活力を大きく失わせてしまっているような気がしてなりません。
(後編は9月20日公開予定です。)
【セミナーのご案内】
2013年11月6日(水) 紺野登教授登壇 100名様限定セミナー開催
<目的工学入門 「よい目的」が、世界を変える、企業を変える>
◆詳しくはこちらをご覧ください◆
https://diamond.smktg.jp/public/seminar/view/31?banner_id=sem131106d
【書籍のご案内】
『利益や売上げばかり考える人は、なぜ失敗してしまうのかーードラッカー、松下幸之助、稲盛和夫からサンデル、ユヌスまでが説く成功法則』
アインシュタインも語った――「手段はすべてそろっているが、目的は混乱している、というのが現代の特徴のようだ」
利益や売上げのことばかり考えているリーダー、自分の会社のことしか考えていないリーダーは、ブラック企業の経営者と変わらない。英『エコノミスト』誌では、2013年のビジネス・トレンド・ベスト10の一つに「利益から目的(“From Profit to Purpose”)の時代である」というメッセージを掲げている。会社の究極の目的とは何か?――本書では、この単純で深遠な問いを「目的工学」をキーワードに掘り下げる。
ご購入はこちらから!→ [Amazon.co.jp] [紀伊國屋BookWeb] [楽天ブックス]
多摩大学大学院教授、ならびにKIRO(知識イノベーション研究所)代表。京都工芸繊維大学新世代オフィス研究センター(NEO)特任教授、東京大学i.schoolエグゼクティブ・フェロー。その他大手設計事務所のアドバイザーなどをつとめる。早稲田大学理工学部建築学科卒業。博士(経営情報学)。組織や社会の知識生態学(ナレッジエコロジー)をテーマに、リーダーシップ教育、組織変革、研究所などのワークプレイス・デザイン、都市開発プロジェクトなどの実務にかかわる。
著書に『ビジネスのためのデザイン思考』(東洋経済新報社)、『知識デザイン企業』(日本経済新聞出版社)など、また野中郁次郎氏(一橋大学名誉教授)との共著に『知力経営』(日本経済新聞社、フィナンシャルタイムズ+ブーズアレンハミルトン グローバルビジネスブック、ベストビジネスブック大賞)、『知識創造の方法論』『知識創造経営のプリンシプル』(東洋経済新報社)、『知識経営のすすめ』(ちくま新書)、『美徳の経営』(NTT出版)がある。
目的工学研究所(Purpose Engineering Laboratory)
経営やビジネスにおける「目的」の再発見、「目的に基づく経営」(management on purpose)、「目的(群)の経営」(management of purposes)について、オープンに考えるバーチャルな非営利研究機関。
Facebookページ:https://www.facebook.com/PurposeEngineering