落合陽一氏と田中慎弥氏 提供:徳間書店
「テレビにコメンテーターとして出るのは研究者として完全に堕落です」。そう語るのは、筑波大学教授でメディアアーティストの落合陽一だ。週1回の昼ビール、何もしない昼寝、気まぐれなズル休み――。効率と生産性が重視される時代に、芥川賞作家・田中慎弥と落合陽一は、あえて「堕落」の価値を問い直す。※本稿は、小説家の田中慎弥、メディアアーティストの落合陽一『堕落論 住めば都のディストピア』(徳間書店)の一部を抜粋・編集したものです。
テレビにコメンテーターとして
出演するのは研究者として堕落
落合陽一(以下、落合):明治生まれで昭和の初頭まで生きた物理学者の寺田寅彦が、こんなことを言っています。
あるとき椿の花が必ず上向きに落ちるのはなぜかと疑問に思い、植物学者に聞いたら、そんなことは研究にならないから、気にする奴はいないと言われたそうです。その学者に言わせると、木に付いているときの花は植物学の範疇だが、いったん落ちれば植物学ではなく物理の問題になる。物理の問題になると研究してもしょうがないから、植物学では相手にしないのだとのこと。寺田はそこで、学者とはなんてくだらないことをしている者なのかと嘆いたそうです。
「われわれは通例便宜上自然と人間とを対立させ両方別々の存在のように考える。これが現代の科学的方法の長所であると同時に短所である。」(寺田寅彦『日本人の自然観』)と書き残しています。
寺田は物理学者のなかでも変わり種で、「何をそんなふざけたことばかり研究しているんだ」と言われるようなことばかりしていました。でも、やっていることは極めて文化的かつポエティックで、書き残したものは100年経って読んでもおもしろい。育てた弟子は、雪の結晶の研究で知られる中谷宇吉郎です。中谷の研究も極めて芸術的です。







