しかし、室崎委員長は、調査手法や権限などの点から「検証委員会の限界説」を口にする。

「核心を曖昧にしたとは思っていない。市教委のヒヤリング担当者からも、生き残られた先生にも何度もお聞きしている。その中で、我々が知り得る事実について、相矛盾する証言があったとき、どちらが正しいか、決定的に判断できるだけの情報を得られていない。ビデオの映像を見たかもしれないと言われ、ウソでしょうと思っても、なかなか追及できない。1つ1つ証言の信ぴょう性を科学的に明らかにしようとしていますが、調査権などの権限がなければ、両論併記という形でしか書ききれない。書きぶりと証言と、どれが正しいかという判断は、今の状況ではとてもできない」

 その割に、報告書案には、発言の変遷や矛盾から疑惑をもたれているA教諭の話は、裏付けを確認したのかどうかも記されないまま、そのまま証言として記載されている。一方で、生還した子どもや保護者、地域住民のA教諭と相反する証言は、曖昧な書きぶりが目立ち、すべての証言が記載されているのかどうか、科学的に第三者が確認することすらできない。

「A先生の証言は、当日の行動が時系列的に見ても破たんしています。気づいてますよね?もう1度、最初から調べ直してください!」

 遺族から、そんな厳しい注文もついた。

 事後対応を巡り、当時の柏葉照幸校長の行動に関する記述で「事実と違う」という訂正要求も出された。

「文科省は検証で責任の所在を明らかにすると約束したはずだ」と、検証の最終報告案に納得がいかない遺族の声に耳を傾ける県教委

「これじゃ遺族も地域も納得しないよ。追及はしなくてもいいけど、責任の所在を明確にできない検証なんて意味がない。何のための検証だよ!」

 いたたまれずに傍聴席から地域住民が発言する。

 この状況が、本当に最終報告直前の検証委員会なのか。目を疑いたくなるような光景が繰り広げられる。

 遺族は泣きそうになりながら、必死に委員たちに訴える。

「助かる子どもの命が亡くなったことを真ん中に置いて検証を進めれば、こんなズサンな報告書になりません。我々は3年間、真剣に調べてきた。その違いです」

 最後のほうで手を挙げた遺族は、室崎委員長に、こう問いかけた。

「これは、中間報告なのでしょうか? いままでの情報を集めただけで、矛盾が明らかになっていない。疑問は一切解決しないまま、曖昧なまま、最終報告を迎えるということですか?」