ライター化してキャラ化して…アイドル化!?
生き残りをかけて進化する若手批評家

 批評家が書く専門媒体はもともと、商業誌などに比べると原稿料が格段に安い。「ぶっちゃけますけど、400字詰め原稿用紙1枚1000円とかザラですよ」と、田中さんは苦笑いする。しかも、なかなか振り込まれない。

 1回あたり20枚から30枚の原稿を書くと、しめて2、3万円の収入。そのために、1冊数千円以上もする資料を買い、読み込み、人に会ってインタビューするなどしていたら、とても割には合わない仕事だ。

 その上、近年は廃刊の危機にある専門誌がほとんどである。原稿料が下がることはあっても、上がることはまず考えにくい。

「大学に残る道というのも、あるわけですよね?」

「あるにはありますが、そっちはそっちで厳しい。なんていうか、批評っていうのはすぐに役には立たない学問ですから」

 たしかに、今はお金を生まない学問を抱えている余裕は大学にもない。文学や哲学など就職口に直結しない学問の肩身は年々、狭くなっている。

 かくして、アカデミズムからはみ出した若手批評家は「ライター化」し、安く、便利に使われる。と言っても、使っている方の経済基盤も揺らいでいるわけだから、文句を言う先も見つからないというものだ。

 そんななか、顕著になってきているのが、批評家の「キャラ化」だという。

「な、なんでしょう、そのキャラ化って?」

「要するにですね、文章よりも、いかにパフォーマティブに批評するか。批評のアプローチも時代と共に変わってきているわけです。まあ、言い換えると批評家のパフォーマー化とも言えますね」

「パフォーマー化……」

「ある人は、これを『宇野常寛力』と呼んだりもするんですが」

「キャラ化」は、書店の人文系棚にも押し寄せている。

「これは、都内の大型店の書店員さんが話しているのをあるネットの番組で見たんですが、人文系の棚はかつて、『ドイツ哲学』『フランス哲学』『実存主義』『仏教』などのジャンルごとに区分けされていたんです。ところが、最近は『東浩紀』『宇野常寛』『古市憲寿』のように、著者名ごとに本が並ぶようになった」

「なるほど、それはたしかにキャラ化していますね」

「同時に、セミナー化も進行しています」

 セミナー化とは何か。田中さんが説明する。

「要するに、トークイベントなどをして、お客さんを集めるわけです。内容も、どんどん自己啓発化しています。動物化すればいいじゃん、とか、友達作ろうぜ、みたいな感じで」