「息子さんを、弁護してあげて欲しい」

 Aさんは、筆者に切々と訴える。

「結果的には、殺人容疑で逮捕され、罪を償うだろう。でも、強盗目的や怨恨など、殺意があって他人の命を奪うのとは、何となく違うと思う。好き好んで、自分の母親を殺す人なんていないと思うから。本当は、自分も死のうと思ったんだろうけど、死にきれなくて。さらに自分が罰せられるなんて、何だか、やりきれなくて…」

引きこもり母子を追いつめる「無縁化」
新たな支援は当事者たちを救えるか

 共通しているのは、誰に相談すればいいのかわからず、黙っていれば誰も助けてくれない。そんな中で、個々が地域から孤立していく「無縁化」の実態だ。

 とりわけ、雇用が乏しく、近隣の目がきつい地方では、「人が怖い」という当事者が多いことを考えれば、より深刻である。

 しかし、この家族に人脈や社会とのつながりがあり、別の選択肢があるという情報さえ得られていれば、ここまで追いつめられることもなかったかもしれない。同じような状況に悩む家族会や、安心できる当事者の交流の場に出かけて、情報交換や共有を行うだけでも、それは十分だろう。

 最近、自治体の中でも、生活困窮化や高年齢化という現実に即し、新たな引きこもり支援のあり方を模索する動きが始まっている。これまでの青少年課マターの若年者就労支援中心から、福祉部署などとのネットワークによって、すべての年齢に対応していこうというような流れだ。

 当連載の前回の記事の中で、支援のあり方について、「深刻な状況に陥りながら、公的な目的のハードルに合わせられないため、支援が受けられない」という、当事者の望む支援とのズレを紹介したところ、たくさんの体験談や感想を頂いた。

 こうした声については、機会があれば、差し支えない範囲で紹介してきたいと思う。