これ以降、日米条約は当たり前の言葉になってゆく。今では朝日新聞すらが、社説で普通にこの言葉を使う。これを耳にすれば誰もが思う。日本とアメリカとは軍事的に一蓮托生なのだと。強い絆があるのだと。こうしてアメリカへの従属が強化され、2001年から始まった小泉内閣では、国民の圧倒的な支持を受けながら、アメリカのイラク侵攻を(世界各国に先駆けて)全面的に肯定することになる。

 人類がこれほどに繁栄した理由のひとつは、適応能力が極めて高いからだ。だからこそ熱帯のジャングルにも暮らすし、北極圏でも生きていける。これほどに広い範囲に生息できる種は、高等動物では他に例がない。

 でも弊害もある。この高い適応能力は、周囲の環境や状況に、自分の思想や感覚を無意識に合わせる馴致性につながることもあるからだ。

 だからこそ言葉は怖い。すりかえられた意味が、いつのまにか正統なものになってしまう。

 ジョージ・オーウェルが書いたディストピア小説「1984年」では、国民の思考を単純化させるため、簡略化された言語と制限された語彙によって成り立つニュー・スピーク(新話法)の使用を、国家は国民に強制する。

 ナチスドイツが使った「ユダヤ人問題の最終計画」は、いつのまにかホロコーストになっていた。日本でも第二次大戦末期には、「敗走」や「撤退」を大本営とメディアは「転進」と呼び、「避難」は「疎開」になり、「全滅」は「玉砕」と言い換えた。

 こうして意識が変わり、その帰結として内実が変わる。でも誰も気づかない。人は馴れる。自分を合わせる。感覚を止める。気づいたときにはもう遅い。天を仰いで嘆くばかりだ。

歯を磨いてから遅い朝食を食べる。ダイニングを覗いた長男が、「もう夕ご飯食べてる」とあきれたように言う。

 「これは朝食だ」

 「今ごろ?」

 「だって今起きたから」

 「でも夕方だよ」

 確かに。この場合は遅い朝食なのだろうか。それとも早い夕食なのだろうか。つくづく言葉は難しい。