会場の視線が小国川漁協の高橋光明組合長に集中した。立ち上がってマイクを握った高橋組合長は、「(ダム案の賛否を)総代会に諮ることを理事会で提案する。総代会後に県にご返事を申し上げたい。(ダムに)反対の立場を通してきた沼沢(前)組合長の思いをくんで今日までやってきましたが、一段階上げて、組合員に賛否を問いたいと思います」と語った。

 こうして協議はこの日をもって終了することになり、ダム建設に反対してきた漁協側が6月8日の総代会でダムへの賛否を改めて問うことになった。

ダムのない屈指の清流・最上小国川で
ゴリ押しされる住民不在のダム建設計画

 山形県北部を横断し、日本海に注ぐ最上川。その東北端の支流が最上小国川で、ダムのない日本屈指の清流として知られる。天然アユの宝庫で、釣り客は年間3万人にも上る。

 そんな最上小国川の上流部に、ダムを建設する計画が持ち上がった。1980年代のことで、当初の想定は利水や治水、発電といった多目的ダム(事業主体は山形県)だった。

 ダム計画はその後、水需要の変化により利水の必要性が薄れたため、治水目的のみに縮小された。治水の対象地域は、1974年に床上浸水61戸の洪水被害に見舞われた温泉地。ダムサイト予定地から2キロほど下流にある赤倉温泉(山形県最上町)で、1998年と2003年にも床上浸水が発生したところだった。

赤倉温泉は川沿いギリギリに旅館が立ち並ぶ特殊な地域。県は「河川整備ができない」と結論づけていた

 赤倉温泉は川沿いギリギリに旅館が立ち並ぶ特殊な地域で、県は「川を掘り下げると源泉に影響が出る」と判断し、「河川整備ができない」と結論付けていた。そして、ここを50年に一度の規模の洪水から守るためにダムが必要だと主張し、計画を立てたのである。

 だが、赤倉温泉で旅館を営む高橋孜さんは、4月29日の協議会の場で、「もとは護岸を直して欲しいというところから始まった話です。それがいつしかダムの1人歩きとなってしまった。ダムはいりません」と、当時の内幕を明かした。

 最上小国川ダムは、2007年1月に策定された山形県の河川整備計画に盛り込まれ、正式決定した。県は「環境に配慮した穴あきダム」を採用したと胸を張った。しかし、この正式決定前に県の目論見を大きく狂わす事態が生じていた。最上小国川に漁業権を持つ小国川漁協が「ダムありき」の議論を強引に進める県に抗議し、流域委員会から離脱したのである。やむにやまれぬ挙に出たのだ。さらに小国川漁協は2006年11月、ダム建設に反対する決議をあげ、ダム本体工事の着手にストップをかけたのである。