県幹部がそうした意図を認めるはずもないが、応対した沼沢組合長らが恐怖と不安の日々を送ることになったのは間違いない。もし漁業権を剥奪されてしまったら、漁協は存立し得なくなるからだ。

 漁協は不安を抱えたまま、県に回答書(12月19日付け)を提出した。「穴あきダムは環境に影響が少ない」とする県の見解への反論と「漁協としてはダムによらない治水を求め続ける」という内容だった。これに対し、県は12月19日に記者会見を開き、その場で初めて「公益上の配慮」の中身を明らかにした。治水や内水面漁業振興に関する県の説明を聞くこと、県との話し合いに応じること、県が最上小国川に入って実施する測量や影響調査などを妨げないことの3点だった。

 漁協はその報道で「公益上の配慮」の中身を初めて知ったのである。2013年12月25日、内水面漁場管理委員会で漁業権の更新が認可され、県は手続きを行った。

 その同時期に、沼沢組合長は県や地元自治体などとの「最上小国川流域の治水対策等に関する協議会」への参加を承諾した。県農林水産部長の「協議はダムありきではありませんので、御理解ください」との言葉を信じてのことだった。

心労が積もり積もって自ら命を絶った組合長
県が主導権を握り、漁協にダム容認を迫る

 2014年1月28日に漁協と県などによる協議会が開催された。両者がテーブルについて顔を合わすのは、2006年以来のこと。

 会議には治水を所管する県の県土整備部だけでなく、県の農林水産部も参加した。さらに、ダム整備を熱望する最上町長など地元自治体関係者も勢ぞろいした。会議は非公開で、県側がまずダム事業を説明し、漁協側が疑問点を提示する形で進められた。主導権を県が握って離さなかった。

 山形県は協議会を3回ほど開く腹積もりで、次回を2月下旬と見込んでいた。そのための事前打ち合わせを、2月10日午後2時半から漁協側と行うことになっていた。場所は舟形町の小国川漁協事務所。県農林水産部幹部が来訪し、沼沢組合長ら3人と話し合うことになっていた。

 しかし、2回目の協議会についての事前打ち合わせは、当日になって急遽延期となった。沼沢組合長が早朝、自らの命を絶ったのである。77歳だった。

 リーダーを突然失った漁協は、新しい組合長を選出し、2回目の協議に臨んだ。ダムなし治水を検討するために有識者を委員として招聘することを提案したが、県は「議論が振り出しに戻る」と拒否。穴あきダムの説明を繰り返すだけだった。

 山形県は3回目(4月29日)の協議の場で内水面漁業の振興策を提示し、そのうえでダムへの賛否を漁協側に迫った。こうして小国川漁協は6月8日の総代会で、改めてダムへの賛否を問うことになったのである。

 はたして漁協組合員はどのような判断を下すのだろうか。それにしても山形県はなぜ、ダム建設に執念を燃やし続けるのだろうか。そして、赤倉温泉地区では「(最上小国川の)河川整備はできない」と、県が結論付けた理由は何なのか。県が河床に手を触れたがらない別の事情が浮かび上がってきた。次回はそうした点についてレポートしたい。