知り合いにいつも、とても忙しそうにしている人がいる。スケジュール表を見せてもらうと、隙間もないほどにびっしりと予定が詰まっている。といっても、多くは会議か打ち合わせのたぐいだ。そんな人はたいてい身体もなまりがち。そのなまった身体を鍛えるために、定期的にジムにも通っている。おかげで、ただでさえパンパンだったスケジュール表がさらに一杯になる。

 管理しきれないほどの予定を抱えたある管理職は、ミーティングを忘れるなどの凡ミスが目立つようになった。彼はこれを最新の時間管理ソフトを導入して解決しようとしたのだが、今度はその使用法を覚えるのに時間がかかり、かえってストレスを溜めてしまう結果となった。

 現代人はどうしてこうもタイムマネジメントに追われているのだろう。なぜ、もっとのんびりできないのだ?

 そんなことを考えていたら、一通のお知らせが届いた。日本燻製協会なるものが設立されたという。燻製という野性的な響きに魅かれて、出かけてみることにした。

まず芽生えた疑問――
人類はなぜ燻製をするのか

 調理科学の本をめくり、あらかじめ「燻製とは何か」を調べた。第一に、それは様々な食材を木材などを使っていぶす調理法である。といっても、木材ならばなんでもよろしい、という訳ではない。燻製に使用できるのは広葉樹のみ。松やヒノキなどの針葉樹は脂分が多く、香りがきつすぎるため、燻製には向いていない。

 燻製に使う木材は十分に乾燥させる必要がある。生乾きの木だと、燃やした時に不完全燃焼してしまい、ひどく苦い燻製ができる。むろん、化学塗料が塗られたものなどは健康に害を及ぼす可能性があるため、これも論外。という訳で、昨今はホームセンターなどに行けば、燻製専用のチップも販売している。

 次なる疑問は人類はなぜ燻製をするのか、だ。端的に言うと、それは食物を長持ちさせるためである。燻煙には微生物を殺したり、その増殖を抑えたりするほか、脂肪の酸化を抑えたり、腐敗臭を生じにくくする物質が含まれている。結果として、廃棄物を減らす効果も期待できる。

 煙は食品の表面だけに付着し、味はつかない。したがって、味のないものを燻製するには通常、塩漬けしてからする。日本で最も有名な燻製食品は「かつお節」だ。これはかつおを燻製でカチンコチンになるまで乾燥させた上にさらにそれを発酵させて、独特のうまみ成分を引き出している。

 魚を燻製した伝統食品はドイツ、オランダ、イギリス、ノルウェー、スコットランドなどにもあるそう。比較的冷涼な地域で発達していることから、日光や風、塩が足りない場合に、漁師たちが釣った魚を火で乾燥させようとしたことが始まりではないか、といわれている。そう考えると、日本のかつお節とはつまり、北方で発達した「燻製」と南方で発達した「発酵」という2つの調理法をハイブリッドに組み合わせることによってできた、希有な食品ということにもなる。