人は怒りを捏造する

課長 昨日こんなことがありました。部下が大切なデータを消してしまったんです。思わず私は大声で激怒してしまいました。

 これは、どう考えても部下のせいでしょう。原因ありきの行動だ。どう説明するんです?

哲人 つまり、あなたは怒りに突き動かされて怒鳴ってしまった。部下の失敗が原因であり、不可抗力だとおっしゃるのですね?

課長 その通りです。

哲人 なるほど、ではあなたがカッとなって、部下を殴り殺してしまったとしても、これは不可抗力だと弁明できますか?

課長 それは極論ですよ。意味のない議論だ。

哲人 極論ではありません。あなたの理屈を突き詰めると、怒りは当人の責任ではないということになります。

課長 では、私の取った行動をどう説明するのですか?

哲人 あなたは「怒りに駆られて大声を出した」のではない。「大声を出すために、怒りという感情をつくり出した」のです。

課長 感情をつくり出した?

哲人 つまり、あなたの目的は大声を出すことだった。大声を出すことにより、部下を支配しようとしたのです。

 失敗をしてしまった部下も、論理的に説明すれば、過ちを理解できたはずです。それをあなたは、大声という安直な手段で屈服させようとした。その道具として怒りという感情を使ったのです。

課長 確かに論理的に説明するべきだったかもしれませんが……。先生、アドラー心理学は恐ろしいですよ。「目的論」で物事を考えていくと、逃げ場がなくなります。

哲人 確かに厳しいかもしれません。しかし、過去の原因にしがみついても状況は変わらないのです。

 今のあなたにできるのは、過去や目の前の出来事の意味付けを変えることだけです。「人事異動により、新しい経験ができる。もしかしたら新しい部署での仕事が自分に一番向いているかもしれない」。そう意味付けをすれば、やる気が湧いてきませんか?