俺はそれまでずっと臆病で、喧嘩なんかしたことがなかった。しかしそのときは、湧き上がってくる怒りを抑えることができなかった。以前、ワイズというボクサーが近所にいて、マリファナを吸って高揚するとシャドーボクシングを始めたから、そのスタイルをよく眺めていた。

9歳のときのマイク・タイソン。小柄で臆病だったがこの頃には地元の不良仲間と窃盗などの犯罪行為を繰り返していた。(Photo:(c)Steve Loft/Boxing Hall of Fame Las Vegas)

 覚悟を決めた。ワイズみたいにやるんだ! 何発かしゃにむにパンチを繰り出し、そのうちの一発が当たるとゲーリーはぶっ倒れ、起き上がってこなかった。ワイズがシャドーボクシングのときスキップしていたのを思い出し、俺はゲーリーを倒したあと、高揚のあまりスキップし始めた。とにかく、それがカッコいいことに思えたんだ。

 栄光の瞬間をあの街区(ブロック)の人間がみんな見ていた。みんなが俺を称えて拍手する。胸から心臓が飛び出しそうな、信じられないくらいいい気持ちだった。

「おい、あの小僧(ニッガ)、スキップしてやがる」と、1人が笑った。モハメド・アリのステップ、いわゆるアリ・シャッフルを真似たつもりだったが、てんで様になっていなかったろうな。それでも、戦いは快感だったし、拍手やハイタッチの渦に巻かれるのも最高だった。俺の内気さの奥には、ずっと、ブレイク寸前のエンターテイナーが潜んでいたんだろう。

 以来、俺はこれまでとは違う次元の尊敬を集めるようになった。みんながおふくろに、「マイクと遊んでもいい?」じゃなく「マイク・タイソンと遊んでもいい?」と訊いてくるようになった。俺と戦わせるために仲間を連れてきて、その結果にカネを賭けるやつらもいた。

 おかげで別の収入源もできた。相手は別の地域からもやってくる。かなりの勝率だった。負けても、相手は「すげえな! お前本当に11歳か?」と目を丸くした。そのうち、ブルックリンじゅうで名を知られるようになった。しかしストリートファイトにリングのようなルールはない。何人かに囲まれ、バットのめった打ちで復讐されることもあった。

止まらない悪行

 力を得た俺は、以前いじめっ子たちから受けた屈辱を忘れていなかった。街を歩いていると、むかし俺をいじめていたやつを見かけることがあった。俺に何をしたか思い出させてやらなきゃいけない。そいつを外に引きずり出して容赦なく殴り続けた。

 そんなとき、あいつを見かけた。俺の眼鏡をガソリンタンクの中に投げ込んだやつだ。あのとき封印した怒りが蘇ってきた。いきなり相手につかみかかり、路上で狂ったように殴りつけた。相手はひたすら怯えて、許しを請うばかり。俺のことなんか忘れていたんだろうな。