高山は、『しきがわ』時代に世話になった経営コンサルタントの安部野の事務所を訪れ、社長から許可をもらった市場調査について協力を依頼する。しかし、予想外にも安部野に断られ途方に暮れる。そんな高山を見て、安部野はあるマーケティングの話を語り始める――。若き参謀、高山昇の奮闘ぶりを描く『経営参謀』が6月27日に発売になりました。本連載では、同書のプロローグと第1章を5回に分けてご紹介します。
安部野との再会
高山はJR荻窪駅の改札を出て、南にある住宅街に向かって歩いていた。
時折、肌寒い風も吹くものの、ジャケットで十分な心地いい天気の中を10分ほど歩き、昭和の時代に作られたのであろう鉄筋コンクリートの巨大な民家のような建物の区画を回り込み、大きな鉄製の門の前に着いた。
脇にある小さな通用口のインターホンのボタンを押し、しばらく待つと「はい」という男の声が返ってきた。名前を名乗るとロックが外れる音がして、高山は通用口から中に入った。
建物のドアの鍵は開いており、そのまま玄関口に入ると、奥から「中に入ってくれ」という声が響いてきた。高山は靴を脱ぎ、天井は高いがなぜか薄暗いエントランスを通り、中に入って行った。
高山が入ったいかにも昭和の来客用応接室には、その時代の応接セットがあり、黒いジャケットを着た髪の長い細身の男が座っていた。
「安部野さん、お久しぶりです」
「ああ…」
高山の呼びかけに男は顔を上げずに、足を組んだまま、しかめっ面でA3の資料をにらみつけていた。
高山は勝手に男の対面に座った。
「急に押しかけてすみません。忙しそうですね」
男は不機嫌そうに顔を上げ、「別にいつもと同じだ」と言って資料をテーブルに投げた。
「『しきがわ』を辞めたんだって? それで今は何をしている?」
「先日、グローバルモードに就職しました」
「ほう、今度はレディースか。それはまた大変だな」
男の名は安部野京介。50代前半に見えるが年齢不詳。
高山の前の勤務先『しきがわ』の経営企画室長、伊奈木耕太郎とは旧知の仲で、次から次へと出てくる経営の難題へのアドバイスを行い、高山が難局を切り抜ける手助けをし、最後は『しきがわ』のトップの、思い込みという「憑き物」も落とした経営コンサルタントだった。
「はい。レディースブランドを立て直すことになりました。半年で…」
高山が言うと、安部野は手にしていた資料を置いて高山をまじまじと見た。
「半年とは、またえらく安請け合いしたものだな」
「えっ、そうですか?」
「当たり前だ。メンズよりレディースのほうが難易度は高い。ただし市場は大きいし、粗利幅も一般的には大きいので当てていければ爆発力もあり、得られるものは限りなく大きいがな」
安部野は、髪をかき上げた。