グローバルモードの問題点

「そもそも、ファッションビジネスはボラティリティが高いものだ」

「なんですか? ボラティリティって」

「もともとは揮発性という意味だが、わかりやすく言えば、うつろいやすい、変化が激しいということだ。君が以前勤めていた会社が扱っていたのはメンズスーツだが、スーツは年度が変わっても、デザインや色合いなどのファッション傾向に極端な変化はなかっただろう?」

「ええ。柱のアイテムはスーツでしたから。ビジネスシーンで着る服は一年で大きく変化するものではありませんからね」

「そうだ。そもそもそこが違う」安部野は言った。

「ユニフォーム的に着られるメンズスーツの市場は、比較的コモディティ色が強い。個性を強く発揮する衣料の分野ではなく、その中で品格など、微妙な変化をつけながら展開されていく。ファッションビジネスは元来、仕掛けた商品の在庫の売り切りとの戦いなのだが、メンズスーツのビジネスはデザイン、素材、柄にファッション要素を大きく取り入れない限りは、在庫が残っても比較的安全な商売なんだ」

「はい。メンズスーツは商品を持ち越しても、よっぽど強い個性があるデザインの商品でなければ、次年度にほぼ売り切っていくことはできました」

「一方、レディースの場合は、それが通用しない。レディースファッションは個性を表現して市場を創っていくビジネスだからな。粗利率は高いが、売り場への投入や売り切りのタイミングを1、2か月外しただけで消化のしようのない不良在庫の山ができることがある。そういう意味で成功とリスクが表裏一体のビジネスだ」

 高山は、研修に行った千葉の店で、バックスペースが在庫の山になっていたことを話した。

「千葉ショッピングセンターなら集客力も日本でトップクラスだから、他店で売れ残った商品を移動して、その店に集中させるのは正しいと思うが。商品の企画、発注精度が何年も悪化し続けているのだな、きっと」

 安部野は腕を組み、ソファに深く腰掛けた。

「グローバルモードの今の社長は二代目で、亡くなった創業者の一族が社長をはじめ役員をやっている会社だ。上場はしているものの、実質田村家による同族支配状態の会社だな」

 安部野は一人で話し続けた。

「この会社は、今の副社長が絵に描いたような理想的な平和主義の実現を望んでいるために、特に経営層周りが、のほほんと、ぬるま湯状態になってしまっている。しかし最近の業績低迷により、社内は責任のり付け合いが始まり、必然的に一部の側近は保身に走り、結局、現場には殺伐とした空気がはびこり始めている…と、僕が知っているのは、こんなところだがな。いずれにせよ、機能不全が起きているのは間違いないな」

 なんでそこまで知っているんだ、高山は安部野の話をポカンとした顔で聞いていた。

「レディースブランドは万国共通、いったんダメになるとその後の凋落が早いものだ」

 安部野は高山の顔を流し目でちらりと見た。

「安部野さん、『ハニーディップ』っていうブランドを立て直すことになったんですけど」

 高山が言い終わる前に、安部野は、ああ、あのブランドか、と眉をひそめ、髪をかき上げた。

「ショッピングセンターと駅ビル中心に展開しているファミリーブランドだな。今、売上は100億円を超えたくらいか?」

「いえ、大体170億円です」

「ほう、もうそんなに大きくなっているのか。ただ、事業規模はそれなりに大きくても、今の店は冴えないな。今のままでは、遅かれ早かれ商業施設から追い出されていくだろうな」

「どうしたらいいですか?」

「まずは、顧客にどう思われているかを知ることからだろうな。基本的に、小売業や消費財事業の不振状態は、市場とのかい離から起こるわけだから」

「社長から、安部野さんに市場調査のコンサルティングを依頼してよいという許可をもらっています。今回もよろしくお願いします」

 安部野は不機嫌そうに腕を組んだ。