万年赤字会社はなぜ10カ月で生まれ変わったのか? 実話をもとにした迫真の企業小説『黒字化せよ! 出向社長最後の勝負』の出版を記念して、プロローグと第1章を順次公開する。

プロローグ(前編)
出向内示 ──黒字化せよ、さもなくば清算だ

「リーン……」
 デスクの電話が鳴った。横浜工場設備改善計画案に目をとおしていた沢井は、左手をのばして受話器をとった。秘書室の女性の声が流れてきた。

「秘書室でございますが、沢井部長はおいでになりますか」
  「ああ、沢井ですが、何か……」
  「あ、失礼しました。社長がお呼びです。お手すきでしたら社長のお部屋へおいでいただきたい、と……」
  「わかりました。すぐうかがいます」

 沢井は書類を伏せて、立ち上がった。まくっていたワイシャツの袖を下ろして、背後のロッカーから上衣を取り出す。
 半開きにしたブラインドをとおして、窓の外のお堀をへだてた皇居の緑が鮮やかだ。丸の内のお堀端にあるこのビルの9、10、11階を沢井の勤務している会社が占めている。大東金属株式会社。資本金126億円、社員数2200名。金属の素材メーカーだが、積極的に多角化戦略を推進して、関係会社も50社を超えている。沢井正敏は多角化部門の一つである建材事業部の業務部長として、建材事業全体の参謀長の立場で腕をふるっている。近くのデスクで書類を書いている秋川課長に、
「ちょっと、社長のところへ……」
 とひとことことわり、秋川や部下たちの視線を背中に感じながら部屋を出た。

 6月下旬の株主総会を1か月余り後に控えた5月中旬、大東金属では取締役選解任の内定が行なわれる。この人事に関連して部長級の一部の人事異動が7月1日付で行なわれ、その内示がこの時期に社長から本人に申し渡されることになっていた。例年、ゴールデンウィークの休みが明けると、この高級人事に関する憶測が社員たちの間に流れる。

 沢井は取締役候補の一人として噂されていた。その噂は沢井の耳にも入っていたし、沢井自身も自分の業績から今年の取締役就任を期待していた。
 ドアをノックして、
  「入ります」
 と声をかけて、沢井は社長室へ入った。