半沢直樹シリーズ最新作『銀翼のイカロス』

旧産業中央銀行(旧S)と、旧東京第一銀行(旧T)というふたつの銀行が合併して誕生した東京中央銀行。行内では、いまだ出身行の違いによる派閥争いが隠然と続いていた。帝国航空の再建は、こうした複雑な行内事情も絡む難題であった。半沢は、帝国航空の担当者へ挨拶に行く――。

3

 「この大変な時期に担当替えですか」
 差し出した半沢の名刺を一瞥するなり眉をひそめたのは、帝国航空社長の神谷巌夫だ。
「担当は替わりますが、引き継ぎには万全を期していますので、ご安心ください」
 丁重に頭を下げた半沢に、
「安心できるわけないでしょう」
 手振りでソファを勧めながら、神谷は神経質そうに頬を震わせる。「こんな事態だというのに、銀行さんは、従前の再建計画にこだわって現実を見てくれない。あの頃とは地合いが違うといっているのに、聞く耳持たずですから。我々を支援してくれるのが銀行の使命じゃないんですか」
「社長、お言葉ですが、それには足元の業績が少々──」
 そう言いかけたのは、半沢の隣にいる曾根崎だ。行内での居丈高な態度とは別人の猫なで声だが、神谷の表情は険しさを増した。
「業績、業績っていうけどね、君。いまこの景気でどこも苦しんでいるときにウチだけが業績を上向きにするというわけにはいかないだろう」
「おっしゃることはごもっともです」
 曾根崎が揉み手で追従する。
 神谷の言及は、昨年秋に起きた米国発の金融不況にまで及んだ。企業の業績悪化が広がる中、帝国航空もその例外ではいられない、という話だ。
「たしかに、前期決算が赤字に転落した企業は少なくありません」
 話の切れ目をとらえ、半沢が口を挟んだ。「しかし、そうした会社の業績もいまは急速に持ち直しているのが実情です。御社はいかがですか」
 神谷はやれやれといわんばかりに嘆息してみせる。
「残念ながら、旅客は不況前の七割程度しか戻っていませんよ。個人消費が上向かない限り如何ともし難い部分がありましてね。業績の回復にはもう少し時間を要すると思います」
 神谷の口調や態度は、どこか評論家然としている。
 財務畑出身でたしかに堅実なのだろうが、追い込まれつつある企業トップとしての危機感、あるいは生き残りにかけたがむしゃらさは感じられない。