“周永康落馬”は“日中関係改善”に
つながったのか?

 7月29日は、中国共産党政治にとっての“Xデー”だった。

 周永康元政治局常務委員が「重大な規律違反」をしたとのことで正式に失脚したのだ(中国語で“落馬”)。習氏は2012年11月に総書記に就任して以来、“反腐敗闘争”を政権初期における目玉政策として掲げ、「虎もハエも一緒に叩く」をモットーに汚職・腐敗に塗れた党員・官僚たちを根こそぎ失脚させている。

 中央における閣僚級、地方における省長クラスの“落馬”はすでに50人を越えている。規模・強度ともに前代未聞とも言える“反腐敗闘争”の目的は、汚職撲滅運動を展開することで、共産党内を粛清し、特に人民のあいだで党の威信と権力を打ち立てることにある。

 中華人民共和国設立以来初となる政治局常務委員経験者(現役・退役含む)の“落馬”は、習氏による“反腐敗闘争”が一つのピークに達したことを意味していた、という見方が共産党内外、中国国内外で広がっていたようだ。

 外交は内政の延長線上にある。

 内政基盤の弱い政権に、足腰の強い外交は展開できない。

 その意味で、“周永康落馬”が中国共産党指導部の対外政策にどのような影響を与えるのかにも注目が集まった。特に、中国の内政にとっても極めてセンシティブで、ナショナリズムや愛国教育などを含め、内政の影響が外交に色濃くにじみ出る対日関係の動向は一つの試金石になる、という見方もできる。

 『“周永康落馬”によって権力基盤を固めた習近平は、ようやく対日改善の改善に向けて動き出すだろう――』

 日本メディアをはじめとして、日中関係に関心をもつ少なくない関係者が、このような視点で「“周永康落馬”が習近平の対日外交へ及ぼす影響」を捉えていたように思う。実際、私のところにも、「周永康が失脚した直後から、中国党・政府部門における対日関係・交流の窓が開き始めた」(日中外交関係者)という情報が複数入ってきていた。

 この期間、私は北京に滞在していたが、「周永康落馬→日中関係改善」というトーンを強調する日本側(政策関係者、メディアなど含む)と、そういうトーンに対して冷ややかな視線を向けるどころか、無視しているかにも見える中国側(政策関係者、メディアなど含む)の間に、明らかな温度差が存在することに違和感を覚えていた。