友則謙介さん(仮名・38歳)は新進気鋭のITベンチャー社長だ。行動力と明晰な頭脳、リーダーシップを兼ね備え、社員全員からあこがれられ、慕われている。そんな彼が家庭では別人のように小さくなっていようとは、いったい誰が想像できるだろう。
毎日、深夜に帰宅すると、散らかった部屋を片付けるのが日課の友則さん。妊娠して以来、妻は身体を動かすのを極端に厭うようになった。寝ている彼女を起こさないよう気遣いながら水を使い、床に散乱した衣服をたたむ。
『頼む、目を覚まさないでくれ……』
が、たいていは起きてくる。
「なにやってんの、こんな夜中に」
「え、だからちょっと部屋の片づけを」
「それ、私へのあてつけ?私の家事が気に入らないからやり直してるってこと?」
「まさか、そんな」
ガッシャーン!
何かが耳をかすめ、後ろの壁にぶつかって砕け散った。洗ったばかりのグラスを妻が投げたのだ。
「だから、それが嫌味ったらしいんだって!人の家事が不満なら口でそう言えばいいじゃん!仕事、仕事って、私のことはほうりっぱなしの癖に。あんたなんかと結婚しなければよかった。子どもも産みたくない……」
泣きじゃくる妻の肩におそるおそる手を掛けると、「気やすく触んないでよっ!」と向こうずねに蹴りを入れられた。まるでスケバンだ。
正直、離婚しようかと思うこともある。だが、勇気がない。社員や取引先に知られたらイメージがガタ落ちだ。とはいえ、このままでは精神に破たんをきたしてしまう――。