水揚げ直後のベニズワイガニ。まさに美しい紅色!

 絶大なカニの水揚げ量を誇る鳥取県。なかでも県西部に位置する境港市・境漁港は、ベニズワイガニの水揚げ量が日本一だ。年間約1万トン弱が漁獲され、日本国内におけるシェアは約7割という一大ベニズワイガニ王国なのである。

 しかし、その「生の姿」にお目にかかる機会は少ない。

 ベニズワイガニはその9割が冷凍食品や缶詰、むき身などの加工品として使用される。身入りが少なく、鮮度落ちが早いというのがその理由だ。よって、その姿は市場に出回ることが少ない。そしてベニズワイガニの価格は冬の贅沢な味覚として旅館や料亭、割烹などで楽しまれる「松葉ガ二」と比較すると、半値以下とはるかに「格下扱い」。加工品になるのだから、味もたいしたことはないのだろう……と思われそうだが、とんでもない。実は地元のプロが絶賛する味わいなのだ。

 境港市のカニ専門卸「川口商店」の社長である川口利之さんは「ベニの味わいは絶品!」と太鼓判を押す。地元で「ベニ」とよばれるベニズワイガニ。その「身質は繊細でみずみずしく、松葉ガニより甘みやコクがあるくらいです」と語る。とりわけ甲羅に詰まったカニ味噌は脂肪分が多くて、こってりと濃厚。味噌の入りも多く、その旨みは松葉ガニを超えるという。

 これほどまでに美味しいカニの姿が、なぜ「グラタン」や「コロッケ」に埋もれてしまうのか。それにはさまざまな問題があった。

「かにかご岸壁」は彼岸花が咲き誇る風景

 年間通して豊富な海の幸が揚がる日本海最大の漁港・境漁港。午前5時頃から、ベニズワイガニの水揚げが始まる。

 ベニズワイガニは、「かにかご漁法」で漁獲される。直径約1.5メートル、高さ約80センチの大きなかごに、好物のサバなどの餌を吊るして、1本のロープに50メートル間隔で150個のカニかごを設置し1000メートルほどの海底に約2昼夜沈める。餌のにおいにおびき寄せられたカニが、かごに入ったところで引き揚げる。深海で育ち、殻が繊細でデリケートなカニを生きたまま、傷つけることなく漁獲できるのだ。

 一艘の船は許可されているロープ9連、計1350個のかごを積んで出船する。漁船は隠岐沖などの漁場へ、ほぼ1昼夜かけて向かって漁を行い戻ってくるのは、このかごがおおむねいっぱいになった約1週間後となる。

 かにかご漁船専門の通称“かにかご岸壁”では、帰港した船から続々とベニズワイガニが運び出され、港は一面、真紅に染まる。ベニズワイガニは、ゆでると赤くなるほかのカニと違って、その名のとおり、そもそもが、表も裏も紅色。氷を敷き詰めたケースに入ったベニズワイガニがずらりと並ぶ姿は、まるで「咲き誇る彼岸花」のように美しい。

松葉ガニに負けない旨さのベニズワイガニ

 大量に揚がるベニズワイガニだが「ピンからキリまであるんです」と川口さん。ベニズワイガニは成体になるまで約8年かかり、約10回の脱皮を繰り返す。だいたい甲羅が13センチほどのものが美味しいといわれている。また「黒ずんでいるものは、空気に触れて酸化が進んでいるのでダメ。赤くてきれいに見えても、腹の部分が透き通っているものは、水がたまっていて身の入りが悪いからよくないね」。おおむねA、Bのランクに分けられ、Bランクは、すべて加工品。ただ、Aランクの中でも「生でもいける上モノ」は全体の1割程度だという。