今回のSGHの審査において、探求するテーマを学校で統一していないと不可とされたようだが、学校がテーマを与えるより、生徒各自がテーマを見つける方が数段レベルが高いのではないかといった反発も、採択されなかったいくつかの進学校の中にはある。実際に高校を回っていく中でそうした声を聞いた。

 わたしは「大学ジャーナル」で、京都大学の松本紘総長(当時)と首都圏の公立・私立高校の校長との座談会を毎年開催していた。そこで松本・前総長がまず理解したことは、「大学があまりにも高校のことを知らないこと」であった。座談会でそれぞれの校長が話す多彩で有用なカリキュラムを聞くにつれ、そう思われたようだ。画一的な教育などそこでは行われていないし、むしろ「受験」を排除した教育が展開されていることも合わせてお気づきになったことだろう。

 そもそも高大接続特別部会の審議メンバーが、大学側に偏っていることが高校側の不信の始まりである。これまでの大学入試がそうであるように、高大接続と言えども、大学が下ろしてくるものを高校が受け入れるだけの構造になっていないか、といった思いは常に高校側にある。果たして審議メンバーの大学関係者はどのくらい高校のことをご存じなのだろうか。

いまから予想される高校と大学の混乱

 高校の先生方は、高校生がどのように大学進学を果たすかにおいて責任を負う。だから、当然、新共通テストがどのようなものになるかに対する関心は強い。そして、高校生がどのタイミングで試験を受けるのか、学校行事との兼ね合いはどうなるのかなど、高校生活をどう過ごすかをシミュレートして考える。

 いまの審議経過を見ても、新共通テストのレベルがどう定められるのかのイメージが湧かない。例えば、現行の大学入試センター試験において、進学校の生徒であれば高校の授業だけで8割を得点できるが、「大学入学希望者学力評価テスト〈仮称、旧称・達成度テスト(発展)〉」ならどうなるのか。複数回受験を可能にするというのであれば、生徒はどのタイミングで受験すればいいのか。中堅大学を目指す生徒は「大学入学希望者学力評価テスト」と「高等学校基礎学力テスト〈仮称、旧称・達成度テスト(基礎)〉」のどちらを受ければいいのか。