「あれはおかしかった」と、今は笑う圓歌だが、けっこう深刻な話だったのだろう。「昔は誰かのために詫びてやろうなんて、そんな人がいましたからね」こう語る口調には心なしか力がこもっていた。

 昔は女のうなじをほめたりしたが、今はどこをほめていいかわからないような女の子が多い。

 久保田万太郎は「何もかも昔の秋の深きかな」と詠んだが、落語家の圓歌はそれを身にしみて感じているに違いない。

 圓歌によれば、三升家小勝が「冥土にも粋な年増がいるかしら」という川柳をつくったという。これは川柳というより艶柳だろう。

「師匠も年増の方が好きですか」と水を向けると、「まあね、きゃーきゃー言うよりはね。でも、もう今は、くたびれちゃってだめですね。電車に乗るのと女に乗るのは」と返す。

 圓歌の弟子が三味線漫談の三遊亭小円歌である。まさに「粋な年増」の小円歌に教わった都都逸で今回の話を結ぼう。

「あの人のどこがいいのと尋ねる人にどこが悪いと問い返す」「朝顔はばかな花だよ根のない茎に命までもと絡みつく」「この袖でぶってやりたいもし届くなら今宵の二人にゃ邪魔な月」「この膝はあなたに貸す膝あなたの膝はあたしが泣くとき借りる膝」