産業のグローバル競争力は、公的機関と産業界が「連携」できた場合に最大化する。それが真実ではないだろうか。

 高度成長期の日本は公的機関が民間企業を支えることで繊維産業、自動車産業、半導体産業などの強い産業を創出してきた。しかし、貿易摩擦に直面した後に規制緩和が叫ばれるようになり、公的機関と民間企業の間には徐々に溝ができていったと感じている。

 その裏側で、欧米は官民が連携することで自国の産業にとって有利な「ルール」を作り、結果として強い産業を生み出していった。一方、アジア各国はかつての日本のように公的機関が民間企業の成長を支える幅広い支援を行うことで、グローバル競争力を獲得していった。そして、今でも世界各国で官民の連携は引き続き行われていると感じている。

 どの企業もどの産業も守るべきルールがあり、その中でプレイしている。全てのスポーツにルールがあることと同様である。しかし、日本ではどのようなルールにする方が企業や産業にとって有利になるか、という議論がおろそかになっていることを筆者は懸念している。

 市場原理主義者はどんどん規制緩和すべきだと主張する。しかし、規制というのは社会に対して何らかの被害をもたらす可能性があるから存在している訳であり、その規制を無くしてしまえば良くなるというのは、あまりにも乱暴だと思う。新しい技術で新しいことが可能となるのであれば、その技術のもたらすメリットを最大化するとともに、そのデメリットを最小化するような新しいルールの導入を考えるのが、筋ではないだろうか。

 日本には、自動運転、ロボット、再生医療など高い技術力を保有する分野が数多くある。その一方、こういう分野の多くは一つ間違えると社会を揺るがす問題を起こすリスクもはらんでいる。リスクを最小化し、社会も産業もメリットを享受するためには、公と民が連携してルールや仕組みを作っていくことが必要となる。

 50年ぶりに国産旅客機が市場投入される今、航空機産業を皮切りに新しい公と民の関係性が構築されていくことを期待してこのシリーズを締めくくりたい。