その後、池田勇人、佐藤栄作、田中角栄、大平正芳、鈴木善幸、宮沢喜一各首相などを輩出している。橋本龍太郎、小渕恵三の両首相もこの流れに属している。自民党結成後、保守本流の流れは、池田派(宏池会)と佐藤派にほぼ二分された。

 このかつての保守本流は小渕政権後に衰弱の一途を辿り、近年では砂漠の中の川のように消え去りつつある。

 いわゆる保守本流の思想的輪郭は次のようなものであった。

(1)現行憲法を尊重する。これは、憲法制定時に自由党が政権の座にあったことにも由来している。

 ただ、革新側の護憲と違うのは、憲法を不磨の大典とは見なさず、時代の変化に対応した改正の必要性を理解してきたことだろう。

(2)先きの戦争の誤りを認めてその反省の上に立ち、二度とあやまちを繰り返さない決意を持っていること。宏池会に属していた古賀誠元自民党幹事長が、靖国神社からのA級戦犯の分祀にこだわるのはそのためであろう。

(3)自由党の党名が示すように、この流れは、言論の自由や表現の自由をとりわけ重視し、それを発展させることに努めてきた。「自由にものを言える社会」を維持し、重要案件については、党内議論、国民議論を尽くすことを旨とした。

(4)戦後の経済復興や経済成長を主導したが、その根底には「国民生活の向上」を図る並々ならない決意があった。

 この流れは、「軽武装、経済優先」と言われたり、「積極経済、積極財政」路線とも言われてきた。

 この保守本流の思想潮流は、かつての旧社会党と親和性があるとも見られるが、それは憲法制定時の直接的責任、薄い戦争責任などを共有していたからだろう。

 しかし、経済では、分配よりも成長を重視する点で、とかく分配に関心を集中する社会党など革新政党と決定的に違っていた。