<昭和2年(1927年)7月24日、作家の芥川龍之介が前途に「ぼんやりとした不安」を感じて自殺しました。35歳でした。
それから1ヵ月近く後の8月18日に、作家の城山三郎が生まれています。同じく作家の石牟礼道子や吉村昭、あるいは藤沢周平も昭和2年生まれです。
昭和元年は1週間ほどしかないので、実質的には昭和2年が昭和元年ですが、城山や藤沢が生きていれば今年87歳で、昭和87年ということになります。>
これは近著『佐高信の昭和史』(角川学芸出版)の「はじめに」の書き出しだが、昨年末に書いたので、明けて今年、2015年になってみれば、昭和88年、米寿ということになる。城山三郎の生涯は、まさに、昭和とともにあった。
皇国日本史で育てられ
歴史に対する不信感が募る
その城山三郎こと、杉浦英一(本名)は17歳で海軍に志願する。軍国少年として“志願”と思わされたことを口惜しく生きた城山に歴史観を尋ねると、
「私には戦争中の皇国日本史で育てられて、歴史に対する不信感が長くあったわけです。あの歴史は間違っていたとも言えるし、一方的であったとも言える。しかし、当時は100%正しいものとして教えられましたからね。それが戦後いろいろなものを読んで、歴史というものは史料によってずいぶんひっくり返るものだなと思った。非常に便宜的なものだし、歴史が必ずしも真実なり事実なりを伝えない。しかし、それが歴史になってしまうと非常に強い発言力を持つわけです。特に活字になると、ある権威を持ってしまう」
と答えてくれた。
代表作の一つの『鼠』(文春文庫)の中で「一度でよいから歴史に多寡をくくらすまい」と書いている城山らしい答である。