事業の「再編」はリスク分散のために行ったのは明白だが、ケイマンへの「移動」(香港人は会社の登記地を移すことを「移動」と呼んでいる)については、人々の憶測を呼んだ。

 中国メディアは、李氏が中国経済の先行きについて楽観的ではなかったと分析している。現在、中国経済は7%成長を続けているが、かつてのような二ケタ成長は難しくなり、安定成長段階に入った。不動産市場のほかにも、地方政府債務や過剰投資など様々な問題を抱えている、そのため、李氏は自社の資産価値が下落する前に撤退を決意したと中国メディアは見ている。

 李氏は2013年11月に『南方週末』の取材に対し、「私は絶対に『移動』することはないから、長和と長地も永遠に香港を離れることはない」と断言していたが、撤退を行った最近では、「ビジネスの必要上」登記を移したのであり、「香港に自信がなくなったわけでない、現に傘下の企業は香港に上場・登記している」と説明している。

 李嘉誠氏は危機意識が強く、一日の90%以上は、先のことを考えているといわれている。恐らく、香港はビジネス環境や政治的な環境面で、彼にとってすでにますます不利な土地になっていることを、早くから見抜いていたのかもしれない。

 彼の危機意識を煽ったものとは何であろうか。それは、習近平政権の登場であったと考えられる。

習政権は保守回帰ではなく
鄧小平を讃える改革開放派

 李氏の取り巻く環境を変えた一因とみられる習近平政権をどう評価すべきだろうか。

 政治面では大衆路線運動のような、毛沢東時代を彷彿とさせる政治運動を行っている。一方で、経済面では改革を主張しているため、よく「政治は『左』、経済は『右』」といわれる。また、反腐敗運動で毛沢東時代のような政治手法を使っていることから、保守回帰とも言われる。

 筆者のみるところ、習近平氏は「改革派」である。習氏は総書記に就任間もない2012年12月に改革開放政策の発祥地である広東省を視察し、そのときの講話で「改革の総設計者」といわれる鄧小平がいなければ現在の中国はないと語った。さらに、「改革開放は、現代中国が発展・進歩するための源であり、わが党と人民が大きな足取りで時代の前進の歩みに追いつくための重要な切り札であり、中国の特色ある社会主義を堅持し発展させる上でどうしても通らなければならない道である」と、改革開放路線をさらに深めることを表明した。