「もう6時だよー!早く帰ってー!!!」

産休前の社員と一緒に。定時は8時半~17時半だが、仕事が早く終われば17時に帰ってもいい仕組みにしている

 私たちの会社は、今でこそ残業がほとんどなくなりましたが、こうなるまでには創業してから6年もの時間がかかりました。

 私は2005年に前職の広告代理店をとうとう退職し、取締役の日高と2人で、株式会社ランクアップを設立しました。日高は以前の広告代理店で一緒に働いた部下です。当時、彼女の営業成績は常にトップクラス。29歳という若さで課長職につき、何人もの部下を抱えるキャリアウーマンでした。

 そんな日高と私は身を粉にして毎日深夜まで働き続けていましたが、そんな生活に限界を感じていたので、自分たちが作った新しい会社では、深夜まで残業したくないし、社員にもさせたくない!と思っていたのです。

 新会社では、その夢が叶いました。会社の定時は9時~18時。だいたい19時~20時までには帰社していました。日高も私も、それまでは23時まで働いていましたから、19時に帰るなんてまるで昼間です。最初は早く帰ることに慣れなくて、日高と毎日居酒屋で飲んでばかり(笑)。私は、他にもペン習字を習ったり、アロマ検定や、サプリメントアドバイザーの資格を取ったりと資格取得に燃えていました。

 ちなみに、当初から残業がそれほど多くなかったのは、私たちが最初から餅は餅屋にと、仕事ごとにその道の専門の会社にお任せしていたからです。

 と言うのも、会社は日高と私の2人だけ。2人だけでは何もできません。もちろんお客様からの注文は、2人で直接電話をとっていましたが、発送する作業は物流会社にお願いし、さらに広告原稿も、制作会社から直接、媒体元にデータを送ってもらい入稿したりと、私たちを通さずに、仕事が流れるしくみを作っていたのです。

 このように、煩雑な業務はアウトソーシングしながら、自分たちは新製品の企画やお客様へ新しいサービスや広告を考えるなど、「効果を実感できる化粧品でお客様を幸せにする」という使命を全うすることに専念していました。

 おかげで、私たちのオリジナルブランドである「マナラ化粧品」は、多くの女性に支持され順調に売り上げを伸ばしていました。

 そうして創業してからの4年間、ずっと私たちは、18時の定時から1時間くらいなんとなく残業し、19時~20時に退社する日が続いていました。