昨年10月に京都大学総長に就任した山極壽一氏。異分野の人や文化、研究が交流・融合することで、学問に必要な、新しい発想が生まれると主張する。その最適な場としての京都大学の潜在力を生かし、学生の能力を高め、世界に送り出す「窓」となるという「WINDOW構想」と、大学の枠を超えるその先の考えを聞いた。(聞き手/ダイヤモンドQ編集部・大坪亮、フリーランスライター・橋長初代)
──総長就任から8カ月たちました。あらためて京都大学の使命と運営の方向性をお聞きします。
京都大学はノーベル賞受賞者を日本の大学の中で最も多く輩出し、自然科学の研究分野では世界に誇れるものを有しています。西田哲学など日本独自の思想を生み出してきた土壌もあります。
1952年生まれ。理学博士。都立国立高校卒業。京都大学理学部卒業。同大学院理学研究科博士後期課程退学。同大学霊長類研究所助手などを経て同大学院理学研究科教授。専門は人類学やゴリラ研究など。大学院理学研究科長・理学部長、経営協議会委員を歴任し、2014年10月に京都大学総長に就任。
また、京都は長い歴史を誇る文化の都です。だから京大はこの地の利を生かし、思想や文化と科学を結び付け、それを世界に発信していきます。そのためには、多様性のある文理融合の学問を研究することが必要だと考えています。
日本の基礎科学が今日、先細りに見えるのは、科学者の世界観が弱くなっているからです。
例えば、スティーブ・ジョブズは、新しい発想と先端科学で世界を変えようとした。それを結実させたのは、科学の発想だけではなく、他分野の視点を持ち、さまざまな人と対話しながら進める姿勢です。分野を超えた対話があり、歴史や社会、人に対する広い見識があってこそ、新しい科学を生み出せる。
専門領域に閉じこもるのではなく、新しい発想を生み出す土壌を持たないと、専門分野も広がっていかない。文芸や職人の世界、ものづくり文化も必要で、京都が持つ強みを生かしていきたい。
──その強みを従来、十分には生かしてこられなかった。
これまでは大学内部の教育や経営にかかりっきりで、大学間や学外の文化とのつながりがあまりなかった。しかし最近、京都では共同研究が活発になっている。その動きをより強めるには、京大が橋渡しの役割を果たすべきです。
これは、大学の数や専門分野が多い東京ではできません。規模が適度な京都だからこそ、分野を超えた討論を日常的にできるのです。
具体的には「京都アカデミー構想」として取り組んでいて、中身は今、詰めています。キーワードは「連携」。学術と文化、歴史が手を取り合い、学問の都をつくり、結果的に観光都市やものづくりの実践につながります。まずは大学間で施設や組織を連携し、魅力を高めることが重要です。
──真理を追究するだけでなく、何のための学問かを意識すべきということですか。
というよりも、学問には新しい発想が必要なのです。異分野の人たちと話をし、触れ合うことで新しい発想が生まれます。
ただし、研究に最も重要な、「真理を追究したい」「何かを知りたい」という動機や熱意は、大学で教えることはできません。大学でできるのは、学生が多様な学問分野や技術、発想と出合い、学ぶための材料と場を用意することです。
──グローバルリーダーの育成に特化した大学院「思修館」は、そうした考えの象徴ですか。
このリーディング大学院は、博士学位を生かし、社会において総合的な視野で活躍する人材を育成するプログラムです。産業界にも窓を広げ、実践の現場で活躍する人たちと学生が一緒になって考えようという大きな実験です。京大の強みは、先端的な学問分野で世界的研究者を輩出することですから、その旗振り役になろうと。
そこではフィールドワークが重要で、時には深掘りしたい研究とは違う課題に直面して学生たちは悩みます。その悩みを教員たちと一緒に解決し、自分の生き方を見つけるのも一つの目的です。
──若い研究者の雇用問題についてはどう考えますか。
日本の大学全般で研究者の高齢化が進んでいるのは事実です。ただ、京大ではもともと正規の助教ポストに任期が付くことが少ないので安定感は高いといえます。
とはいえ、不安定な状態にあるポスドクが多い分野があるのは東京大学と同じ。任期のある特定研究員の雇用が安定しないことも大きな問題です。だから、もう少し長い研究期間を保証する仕組みを考えてほしいと政府に申し入れています。その面で科学研究費補助金などの競争的資金を基金化して規制緩和すれば、国立大学の雇用問題も徐々に改善されるでしょう。