空席となっていた日本銀行審議委員のポストに、政府は金融システム研究などで知られる慶應義塾大学の池尾和人教授を推挙した。6月3日に国会で所信聴取が行なわれ、野党は同意する模様だ。

 池尾氏は「日銀が折に触れて主張してきていることと、私自身の考えのあいだには大きな違いがあるとは思わない」と語っていた。

 また、池尾氏は2006年6月の著作『開発主義の暴走と保身』で、いわゆる「リフレ派」のエコノミストの主張に対し「需要不足を解消するために、まずデフレをとめよというのは、転倒したロジックに過ぎない」と反論していた。

 当時、デフレ解消のためにインフレ目標を掲げながら日銀が無制限国債買い入れオペを実施するというアイディアがあった。それに対して池尾氏は同書で、「実質金利を負にして無理矢理に投資を惹起したとしても、そのことは当面の需要不足を緩和することになったとしても、効率性の低い資本設備を増大させ、過剰設備の問題を深刻化させることになる」と否定的な見解を示していた。

 白川方明・日銀総裁とは基本的に波長が合いそうである。もっとも、池尾氏のパーソナリティから想像すると、日銀執行部と緊張感なくべったりとした関係になる可能性は低いのではないかと思われる。これまでの日銀擁護発言は、「リフレ派」へ反論する議論のなかから出ていた面もあるだろう。

 金融政策決定会合における同氏の投票行動は、当面は現状維持と予想される。マーケット参加者やマスコミは、得てして、日銀政策委員を「ハト派」「タカ派」に分類したくなってしまう。それが可能であれば予測作業が楽になるからだ(気持ちはよくわかる)。しかし、実際のところ、在任期間中いつも「ハト派」の人、いつも「タカ派」の人はそうはいない。実用面で考えると、あまりその区分に執着しないほうがよいと思われる。

 なお、日本も含め多くの国では、中央銀行は委員会制による多数決で政策金利を決定している。少数の人間の思い込みによる判断の失敗を避けるためである。しかしながら、グループ分析にも落とし穴がある。

 2005年に米国の研究者が行なった実験では、バイアスがホモジーニアスな(同質な)人びとで構成されたグループの場合、情報を与えれば与えるほど、「個々人のバイアスは低下するどころか、逆にみんなで盛り上がってバイアスは強化されてしまう」という(『仕事に役立つインテリジェンス』 北岡元著)。その観点でいえば、日銀政策委員会では多様な視点からの議論が展開されることを期待したい。

(東短リサーチ取締役 加藤 出)