政治の世界のインパルス化
われわれから見て興味深いのは、このインパルス・ソサエティが政治の世界をも、大きく変えてしまったことです。「2000年代にはビッグデータの出現により有権者を個々人の単位で分類し、心を射止めることが可能になった」(261ページ)。
例えば、04年の大統領選挙で共和党のブッシュ陣営は、「マイクロ・ターゲティング」の手法を活用し、選挙でカギを握ると判明した社会的保守派の人々に対して、「同姓婚や中絶など、その人を最も動かすとデータで示されたトピックに関してメッセージを送った」のです。これに対して民主党も巻き返します。08年と12年の大統領選挙では「オバマ陣営はグーグル、フェイスブック、ツイッター、クレイグリストなどの企業から専門家を雇い、彼らのアドバイスを受けて、考え得る限りの情報源から入手したテラバイト単位の個人データをふるいにかけた。考え得る限りのオバマ支持者を探し出し、その人々に投票してもらうための最も効率的な方法をはじき出すため」(262~263ページ)です。
結果、何が起こっているか。「マイクロ・ターゲティングよりも、大きな市場全体に向けた伝統的な政治運動の方が、政治のプロセスに安定と抑制をもたらす。候補者は可能な限り多くの人にアプローチするために、幅広く包括的な公約を掲げざるを得ず、穏健ではない立場も穏健なものにしなければならないからだ。こうした『非効率』が選挙運動に穏やかさと統一をもたらすのである。反対にマイクロ・ターゲティングは、穏健さの基盤となる非効率を最小化する」(263ページ)。
オバマ政権下のアメリカでは、むしろ党派的対立が深まり、「決められない政治」と表現されるようになりました。その背景には相手の立場も認め、妥協しながら政策を実現していくプロセスが衰退し、分断された個人に向けて偏った政策を発信して、個人を動かすことが目的化したことがあるというのです。「目標は常に選挙での勝利で、政策や立法ではありません」。本書で紹介されているあるロビイストの言葉です。
資本主義は市場を拡大することで発展してきました。世界に辺境がなくなり、地理的な拡大が限界に達した今、資本主義は人々の欲望という際限のない辺境を発見し、それを無限に押し広げようとしています。それは一昔前のようにCMで消費意欲を刺激しするというような単純なやり方ではありません。自己実現をかなえるという装いでわれわれにアプローチしてくるのです。ネットサーフィンをすれば、欲しい情報も、製品も、購入のための資金も即座に手に入いります。それでも思いは満たされず、人々は自己実現の旅を永久に続けるはめになります。気づいてみれば、家族とも、社会とも切り離され、市場と裸で向き合っている自分だと、著者は問いかけているように思えます。
本書の分析対象は、インパクト・ソサエティが最も進んだアメリカですが、アメリカの後を追い続けてきた日本も同じような問題に直面しつつあるように思えます。本編だけで約350ページに及ぶ本書は、読み通すのに時間がかかります。忙しい方はジャーナリスト・神保哲生氏によるすばらしい解説兼要約が末尾についているので、それを読み、興味のある章を拾い読みするのも、一つの方法でしょう。