7月25日に、沖縄北部のテーマパーク「JUNGLIA OKINAWA(ジャングリア沖縄)」がついにオープンする。USJ時代から数えると、森岡毅氏が10年越しで取り組んできた大事業だ。それに先駆け、パーク完成までの奮闘を描いたビジネスノンフィクション『心に折れない刀を持て ジャングリア沖縄、誕生までの挫折と成長の物語』(ダイヤモンド社)も刊行される。
10年以上森岡氏とともに走り続けてきた編集者が、創作の舞台裏を描く。
(文・亀井史夫/ダイヤモンド社)

まだ無名だった森岡さんとの出会い
森岡さんとの出会いは10年以上前に遡る。私がまだ角川書店の編集者を務めていた2013年の夏のことだ。
関東在住の私は、USJがユニバーサル・スタジオ・ジャパンの略であることは知っていたが、開業後数年を経て営業不振に陥っていたことは知らなかった。しかし知人から「ある男の登場で劇的に集客が回復した」と知らされた。さらに「彼は本を出したがっている」という。
面白そうだと思った私は大阪まで会いに行った。
当時の森岡さんは100キロ以上の巨漢で、マシンガンのように言葉を連射する人だった。USJ復活のために森岡さんが打った様々な戦略に驚嘆し、「これは面白い本になる」と確信した。問題は誰に原稿を書いてもらうかだ。1冊の本を書くには膨大なエネルギーと長い時間がかかる。CMOとして現場を取り仕切る多忙な人にそんな面倒な仕事ができるだろうか?
孫正義や三木谷浩史など著名な経営者の本は数多くあるが、たいていはプロのライターが書き手になって「口述筆記」されたものだ。森岡さんの場合もライターを立てるべきではないか。
しかし同時に思った。このマシンガンみたいに連射される言葉の裏側を正確に書きとれるライターがいるだろうか。できるなら、本人が書いたほうがいいのではないか。聞けば、社内向けのブログをまめに更新されているという。ならば書くことに対する耐性もありそうだ。
そこで章立てを一緒に考え、1章ずつ書いて送ってもらうことにした。
しゃべること同様に森岡さんの書くスピードは非常に早く、数か月で1冊分の原稿は書きあがった。通常の業務をしながら書いたわけだから、今思えば信じられないスピードだ。
しかし問題が一つあった。現在の森岡さんのシャープな文章からは想像がつかないと思うが、ある程度文章を整えないことには、商品として通用しない。少なくともヒット作にはならないと感じた。森岡さんは文章のプロではなかったのだから、当然と言えば当然だ。
読みやすい文章にするため、私は冬休みをまるまる使って大胆に手直しした。劇的に読みやすくなったと思う。しかしその修正版を読んだ森岡さんは激怒したという。まあ、自分が書いた文章を大幅に書き直されると誰でもいい気はしない。
森岡さんのすごいのはここからだ。オリジナルと修正版の2つの原稿を知り合いに名前を伏せて読ませ、どちらが読みやすいかを問うたという。
その結果、修正版のほうが圧倒的な支持を得て、森岡さんも認めてくれたのだ。なかなか普通はこうはいかない。無駄なプライドが邪魔してしまうのだ。しかし森岡さんはマーケターだった。潔く、自分の調査の結果を受け入れた。
USJの復活の要因を描いたその本は『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』(KADOKAWA)と題され出版された。大ヒットとまではいかなかったが、新人作家としては上々のスタートだった(後に文庫化もされ、この作品は10万部を超えることになる)。
翌年、私は「2冊目の本を書いてほしい」とお願いした。すると「上級者向けの骨太なマーケティング本なら書いてみたい」と返事があった。私としては、初心者向けのわかりやすいマーケティング本を書いてほしかった。「上級者向けの本はマーケットが小さいからやめたほうがいい。ほとんど売れないですよ」と言うと、森岡さんからは驚くべき返答があった。
「だったら2冊とも書きます」
なに? 2冊書く? そんなの無理だ!
しかし森岡さんの決意は堅かった。
かくして、2冊目の『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方 成功を引き寄せるマーケティング入門』(KADOKAWA)は2016年4月に発売され、続けて約1か月後、3冊目の『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』(KADOKAWA)が発売された。恐ろしい馬力だった。特に3冊目はかなり本格的な経営書で、思い切り分厚い。2冊続けて書き下すなんて、プロの作家でもなかなかできないことだ。
そしてもうひとつ驚いたことがある。書くたびに森岡さんの文章は上達していたのだ。何度か私がフィードバックして書き直してもらうのだが、貪欲に「書くコツ」を森岡さんは吸収していった。やはりただものではない。
2冊目、3冊目が連続で出たことはマーケティング的な効果もあったようだ。2冊目は発売直後からベストセラーになり、それにつられて3冊目も爆発的に売れた。正直言うと、3冊目は本体3200円の上級者向けの本だ。そんなに売れるはずがないと思っていた。2冊目を書いてもらうために「捨て駒」となっても仕方あるまいと思っていた。ところがあっという間に在庫が切れてしまうくらい飛ぶように売れた。嬉しい誤算だった(森岡さん自身も3冊目がこんなに売れるとは予想していなかったと後に教えてくれた)。
「50万部を目指しましょう」
その後、森岡さんはUSJを離れ、株式会社 刀を立ち上げた。同じ時期、私はダイヤモンド社に移籍することになった。森岡さんは何か書いてくれることを約束してくれたが、何を書くかは決まっていなかった。
そんなときたまたま目にしたのが、森岡さんが娘のために書いた「自分のキャリアをどのように開拓していくのか」というテーマの文章だった。
初見で号泣した私は、「ぜひこれを本にしましょう!」と主張した。
このころになると私が手直しする必要はほとんどなくなっていた。この本における私の最大の仕事は、『苦しかったときの話をしようか』というタイトルに決めたことだろう。
「第5章 苦しかったときの話をしようか」は抜群に面白い章だった。何度読んでも涙が止まらない。そんなことを編集部内の会議で伝えたら、「ならば第5章の章タイトルをそのまま本のタイトルにすべき」という案が浮上した。
それはいい案かもしれないが、森岡さんは反対するのではないか。なぜなら本の趣旨とはちょっとずれるタイトルだからだ。
案の定、森岡さんは大反対だった。さて、どうしたものか。
森岡さんはロジックの人である。ロジックに対抗するにはこちらもロジックで攻めるしかない。考えに考え、もがきにもがき、ロジックを完璧に構築したメールを送った。
すると「だいぶ腑に落ちました。亀井さんの戦略に乗りましょう」という返事がすぐに来た。
ここがまた森岡さんのすごいところで、自分の意見を押し付けたりはしない。論理に納得できれば、自分とは違う戦略でも乗ってくれるのだ。
そして森岡さんは言った。
「本気で50万部を目指しましょう」
そんな無茶な。日本で年間に刊行される書籍は約7万点あるといわれるが、50万部を超える本なんて数えるほどしか出ないのだ。
しかしこうも思った。「ダイヤモンド社には何年もかけて50万部を突破した本の例がある。時間をかければ可能性はあるかもしれない」と。
かくして、発売から5年たった2024年、ついに『苦しかったときの話をしようか ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」』(ダイヤモンド社)は50万部を突破した。
その後、続く本の出版にはずいぶん時間がかかってしまった。2025年1月に出た『確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか』(ダイヤモンド社)は実に4年ぶりの出版である。本格的なマーケティングの大著だから時間がかかったのだろう。しかしいくらなんでも時間がかかりすぎではないか。
ここ数年、私はずっとやきもきさせられてきた。いったいいつになったら書き上げてくれるのだろう?
4年もの歳月がかかった理由が、最近になってやっとわかった。
最初の打ち合わせをしたのが2020年の4月。コロナの影響で志村けんさんが亡くなった直後だったと思う。志村世代である森岡さんはショックを受けていた。
森岡さんを困難が襲ったのはそれからだった。コロナの影響で観光業界は壊滅的なダメージを受け、「沖縄テーマパーク計画」への出資者もどんどん崩れ落ちていったのだ。なんとかその窮地を乗り越えた森岡さんだが、それに続いて今度はロシアのウクライナ侵攻が始まった。建設費の高騰だけでなく、景気の先行き不透明感から大手銀行がすべて融資を断ってきたという。
その期間は、刀の未来そのものが危機と隣り合わせだった時期であり、呑気に原稿なんか書いている場合ではなかったのだ。
なぜ、それが今わかったのか。手元に最新の原稿があるからだ。USJ時代に経営陣の交代によって「沖縄テーマパーク計画」は凍結された。森岡さんは独立して「株式会社 刀」を立ち上げた。いくつもの困難を乗り越えて沖縄パークがオープンに至るまでの過程を、その原稿は詳細に伝えてくれる。
編集者というのはキャッチャーのようなものだ。ここへ投げろ、球種はこれだとピッチャーに注文はできるが、結局投げるのはピッチャー自身だ。そこに、キャッチャーも想像していなかったような剛速球が投げ込まれると、半端なく感動する。この仕事をしていてよかったと本当に思う。
今回は、160キロを超える超剛速球だ。歴史に残る名作と言っていい。
かつて、現役バリバリの経営者が、自身の事業についてリアルタイムで、しかも「自分自身の手で」、これほど克明に書き上げたことがあっただろうか。
90年代にF1レーサーの日本人候補に、あるジャーナリスト兼レーサーが挙がったことがあった。それが実現すれば、F1という頂点の世界の内側をそのまま本人が書けるかもしれないと話題になった。
それと同じことだと思う。F1以上に超絶したビジネスの世界での奮闘を、この原稿はあますことなくリアルに、ひしひしと伝えてくれる。
その作品が『心に折れない刀を持て ジャングリア沖縄、誕生までの挫折と成長の物語』(ダイヤモンド社)である。森岡さんの筆は刀のように研ぎ澄まされていた。ストーリーテリングという点でも大きな成長を遂げた。描写力も克明で圧巻だ。もはや大作家といって過言ではない。ものすごい本ができてしまった。
たった12人で始まったベンチャー企業が、わずか7年で総予算700億円の巨大テーマパークを完成させてしまったのだ。その信じられない奇跡の裏側を、当の本人が描いているのである。面白くないわけがない。想定外の苦難の連続でページをめくる手が止まらない。そして、読めば読むほど勇気がむくむくと湧いてくる。
後世に残る傑作の誕生である。