飯沼は、遠くを見るような表情でタバコを吸う。手拍子はしない。歌っている遠藤に挨拶をすることもなく、ママに勘定をして店を出る。その後を3人の記者が続く。

「ありがとう、またね!」の声の後、すぐ「イェーイ」と聞こえる。暗がりの中、タバコの煙が小さな雲のように田口たちの顔にぶつかり、次々と消えていく。飯沼は、遠藤のことを小バカにした物言いで話す。

「あんなところで、支局の経費を使い込んでいるんだな……。あの女のために……。イェーイか……」

 実は飯沼もまた、一時期ママに心を寄せていた。しかしママは、飯沼には振り向かなかった。そんな嫉妬心もあってか、遠藤には厳しい。記者の田口は24歳。左遷された男と女、さらに自分の上司を挟んだ「三角関係」の裏にあるものが、今いち見えていなかった。

新聞社の支局長は栄転、部下も転勤
数年ぶりに支局へ行ってみると……

 半年後、上司である飯沼は本社に転勤となった。編集局次長兼整理部の部長になるという。「出世コース」とは言い難いが、一応は栄転である。スナックれいみで送迎会をした。遠藤はその場に現れなかった。支局を離れるまでの1ヵ月ほどの間、遠藤は一度も飯沼のもとを訪ねない。飯沼も挨拶に行くことはなかった。2人はそのまま、離れ離れとなった。そこにはもう同窓の関係はない。

 1年後、田口も転勤となった。今度は名古屋支社に行く。6階の遠藤のもとを訪ね、挨拶をした。数年間、同じビルの住人としてよくしてもらったことについて、お礼をのべた。遠藤は顔色が悪かった。それでも田口の手を握り、握手をした。心なしか、手首や腕が細くなっている気がした。「名古屋か……。いいじゃないか。田舎の記者で終わるな。早く偉くなれ。東京に戻れよ!」。

 それから5年が経った。今、田口は、東京本社の社会部にいる。先日、北関東の支局に出張で行くことになった。数年ぶりにかつてのビルに入ると、遠藤が支局長をしていた放送局のオフィスがまだあった。