周さんも林さんも「日本の暮らしはとてものんびりしている」と口を揃える。日本に住んでいると特段そうは思わないし、「日本人も色々大変だ」と思うのだが、スリに遭わないか、タクシー運転手に遠回りされないか、この食品は本当に安全か、空気が悪すぎるから外出を控えるか、といったことを24時間気にして生活しなければならない中国と、全てのものが一定以上の水準にある安心・安全な日本とでは、精神的な疲労度が大きく異なる。

 筆者も中国に行くたびに、日本国内の出張とは比べ物にならないほど疲れ切ってしまうが、些細なストレスが重なって大きくなり、それが心労につながる。たとえば、道路の水はけがあまりにも悪く、ちょっと雨が降るだけで靴がドロドロになる。そんな小さな出来事でさえ、毎回続けばストレスになる。テレビで報道される中国の華やかな一面とは裏腹に、両国の生活環境はあまりにも違いすぎる。

温泉に浸かっているような安らぎ
日本は中国人シニアの「心の拠り所」?

 一度日本の「かゆいところに手が届く、温泉に浸かっているような安らぎ」を覚えてしまったら、またそれを味わいたいと思うのは、人間として自然なことなのかもしれない。価値観が似ている東洋人同士ならば、なおさらだ。おそらく、訪日中国人旅行客の一部も無意識のうちにそれを感じているはずで、それが日本の魅力にもつながっていると思うのだが、もう少し深く日本を理解している人々は、より明確にそうした感情を抱いている。

 これは昨今日本で話題になっている、中国人の「マンションの爆買い」などとは全く違う次元の現象だ。日本が投資の対象になっているわけでも、余った財産の使い道になっているわけでもなく、彼らの切実な願いであり、憧れなのである。

 むろん、これは筆者の友人間におけるエピソードであり、全ての中国人がそんなことを思っているわけではない。こうした考え方の人はむしろ少数派だろう。だが、その背後には中国での厳しい日常生活とストレスが隠れている。「隣の芝生は青い」という面もあるのだろうが、少なくとも、過去に日本と接点を持ったことのある中国人の一部は、そのような感情を抱いている。またそれが、彼らが中国で生活する上で「心の拠り所」となっていることは確かなのである。