商社一辺倒から一転、
出版編集一本へ

編集 『柩の列島』を読むまで、私の就職活動は総合商社一本だったのですが、実際、はじめて原発に行ってみて、「出版編集しかない!」と気持ちを固めました。それ以来、「出版社の編集」の入社試験だけを受けまくったのです。
 夏の40度近い中、京都・山科にある学術出版社のミネルヴァ書房さんの試験も受け、最終面接までいきました。結局、最後の最後に、すべり込みでビジネス系の出版社に入ることができました。
 ですから、広瀬さんのあの一冊に出合わなければ、今、この仕事をしていないわけです。

広瀬 そうでしたか。そういう昔の出会いのことが、今の目の前でたくさんあります。
 現在、福島県の子どもたちを避難させるべきだと猛烈に活動している弁護士の井戸謙一さんは、金沢地裁時代に、裁判長として石川県の志賀原発の運転停止を命じた方ですが、その昔、四国の講演会で私の話を聞かれて、原発の危険性に気づいたそうです。国会事故調の田中三彦さん(→本連載第15回16回17回)も、ダイヤモンド社が私と引き合わせてくれてから、原発反対を公言してくれるようになった人です。

編集 私自身、1998年11月から書籍の企画・編集をして、今回の『東京が壊滅する日――フクシマと日本の運命』が、通算118作目となります。
 総合商社がラーメンからミサイルまで扱うならば、私はいわば「総合商社の編集版」で、コアとなるビジネス書から、「証券化」などの不動産金融、「シーケンス制御」やノーベル化学賞候補の著者との「光触媒」などの工学書、ノンフィクション、語学、学参、716ページで税込5184円のマーケティング翻訳書『伝説のコピーライティング実践バイブル』や第13刷のロングセラー名著『ザ・コピーライティング』、ソニー創業者の井深大さんも絶賛された『赤ちゃん教育――頭のいい子は歩くまでに決まる』等の育児書、1969年から早朝の“幻の羊羹行列”がつづく吉祥寺・小ざさ社長の処女作『1坪の奇跡』、人口4700人の過疎地にありながら、おはぎが2万個売れる大繁盛店「さいち」社長の処女作『売れ続ける理由』、直近では『カヨ子ばあちゃんの子育て日めくり』まで、この本は絶対つくらなければ! と確信したら、ジャンル問わず果敢にチャレンジしてきました。
 特に、著者の処女作については闘志を燃やし全18作を担当。おかげさまで、処女作18作連続重版(2003年12月から現在も更新中)となりました。

 しかし、テレビや新聞が原発問題の深層をまったく伝えなくなった現在、私にとって『東京が壊滅する日』は、今、最も世に伝えたい、日本にいる1億2000万人の方に心から問いたい書籍ができあがったと言えます。
 広瀬さんは、本書をどういう気持ちでお書きになったのでしょうか。

広瀬 私自身、メーカーの技術者から医学書の翻訳に携わり、1980年代前半から作家活動を始めて30年以上が経ちます。
 先日、古くからつき合いのある、元「週刊ダイヤモンド」編集長で現在は取締役・論説委員の坪井賢一さんに久しぶりに会いましたが、「広瀬さんは30年前から1ミリもブレていませんね」と言われました。坪井さんとは、本シリーズ連載の第9回第10回第11回で対談しましたね。

 しかし私自身は、なんでも反対の反対運動家ではありません。放射能の「実害」が心配で、医学的にこの問題に取り組んできた人間なので、「本当に実害がないのか」、「大丈夫なのか」と自分に問い続けながら、公刊された資料をもとに、世界中の地下人脈を紡ぎ、自分が驚いた事実、知らなかった事実を、読者に提供してきたつもりです。

 今回の『東京が壊滅する日』は、どうしようもない日本の政治家たちに、ここまで子どもや孫たちが追い込まれた状況で、どんなにいい本でも意味がない、できるだけ多くの一般の無関心層の方々に普及して、現実に日本人の行動を促す本でなければ意味がない、という一心で書いた本です。
 それで、熱血漢と見えたあなたに白羽の矢を立てたのです。

編集 ありがとうございます。私もこれまで、広瀬さんのほぼ全作品を読んできましたが、『東京が壊滅する日』の原稿を一読して、その意気込みがひしひしと伝わってきたので、広瀬隆さんの集大成書籍、という位置づけで臨みました。

通算118作目ですが、原稿を読んだ回数はいちばん多いでしょう。
 とことん読みこんで、わかりにくいところは遠慮なく質問しました。
 広瀬さんの書籍を一度も読んだことがない若い人たちの気持ちを考えながら、「ここはわからないです。加筆修正可能でしょうか」とワードのコメント機能にいっぱい書き込んでいきましたね。

広瀬 そのため、「こいつはうるさい編集者だ」と思いながら、当初280ページくらいの予定が352ページになってしまったんだ。ページ数をできるだけ薄くしたかったのに……。この編集者に分からせなければ、読者も分からないだろうと思って忍耐に忍耐を重ねて、ね。でも、あなたのおかげで、初めて私の本を読む人にも読みやすくなったはずです。

編集 私がいちばんつくりたかったのは、いわゆる精神論や感情論を廃し、史実と科学的データによる冷静な分析で「思考のスタートライン」となる本でした。それは、私自身、著者の感情剥き出しで、科学的根拠なき本が大嫌いだからです。そのロジックの担保を、広瀬さんに何度もお願いしました。