三大監査法人の一つである監査法人トーマツが今、企業の“選別”を進めている。それによって割を食う企業が出始めている。さらに、この波はトーマツだけでなく監査業界全体に及んでいる。今後、監査を受けたくても受けられない“監査難民”のベンチャーが続々と生まれることにつながりかねない事態にある。(「週刊ダイヤモンド」編集部 小島健志)

審査強化にかじを切った監査法人トーマツの入るオフィスビル Photo by Takeshi Kojima

「契約更新をするならば、これくらいの報酬が必要となります」

 今年、株主総会を控えたある上場ベンチャー企業に、監査法人のトーマツが突如、従来の倍となる監査報酬の金額を提示した。

 企業側にとって、それはまさに「寝耳に水」の事態だった。報酬の増額に耐えられないことを最もよく知っている自社の監査法人が値上げを要求してきたからである。

 しかも、決算を終えて総会の招集通知を出す直前のタイミングだった。慌てて中小の監査法人に交代せざるを得なくなったのだ。

 上場企業が監査法人を代えるということはめったにない。ビジネスモデルから会計上の実務まで熟知した担当を代えることは、大きな負担を伴うからだ。

 そのため、監査法人の交代ともなれば、不正会計が発覚したときや親会社の交代など、限定的なケースが多い。

 そうした中で冒頭の事態が起きた。表向きは「人手不足が理由」というが、監査法人関係者は「ベンチャーに非はなく、トーマツが契約更新をしたくなかったというのが本当のところだ」と明かす。

 実は今、トーマツ内部では企業の“選別”がこれまで以上に進められている。今年に入って監査法人が退任した上場企業は66社あり、そのうちトーマツは20社とトップ。これは昨年の件数を上回るペースで、他の監査法人を大きく引き離している。

 背景には、トーマツが監査を担当していながら不正会計が発覚した節電支援のエナリス社や、上場したばかりのベンチャーが相次ぐ下方修正予想を出した問題がある。

 日本取引所グループは今年3月末に日本証券業協会や日本公認会計士協会へ審査強化などを依頼、監査法人もそれに応じた。この問題には金融庁の関心も高く、処分リスクもあったため、審査強化は免れないテーマだった。

 その上、企業の取締役に当たる監査法人の社員(パートナー)は、不正会計に加担したとなれば個人財産の没収まであるほど重い責任を負っている。