野党体質なのは「余裕がある」から
倒産の危機を感じない限り、変われない

「野党体質企業」を見ていくと、どの企業も過去の既得権があったり、商業上の構造的優位性があったりした「余裕のあった企業」ばかりである。乱暴な言い方をすれば「遊んでいても死なない」から、真面目に仕事をしなくてもよかったのだ。

 もし、遊んでいても「永遠に死なない」のであれば、それはそれで構わない。苦労せずに生き延びられるなら、企業としても個人としてもありがたい話でもある。問題なのは、すでにその余裕がなくなっているにもかかわらず、野党体質を与党体質に変えられないケースである。そして、多くの野党体質企業は、時代の変化とともに、既得権や構造的優位性がなくなりつつあり、すでに瀕死の状況に追い込まれつつある。では、そんな状況下にあって、社員は目の色を変えてがんばろうとしているか?といえば、今度はダメになりつつある状況を肴に、批判のボルテージをあげているのだ。

 彼らが変わるためにはどうすればいいのだろうか。残念ながら「(まず)無理」というのが答えだろう。トップを変えるくらいでは不十分といわざるを得ない。「どうせ2年かそこそこでトップも入れ替わるんだろう」などと社員に見くびられていたら誰もついてこない。「本当につぶれるかもしれない」という状況に追い込まれない限り体質は変わらない。バイアウトファンドに買収されたり、倒産の危機が現実化し、強い後ろ盾のある強力なトップが送り込まれたら、初めて目を開くし、少しは変わる。野党体質の企業はそういう荒療治が行われない限り、永遠に野党体質のままなのだろう。

(構成/大高志帆)

※なお、本記事は守秘義務の観点から事案の内容や設定の一部を改変させていただいているところがあります。